シャツが半分はだけていて、顔が赤く火照っていていて…
「うきゃぁぁぁーーーーーっ」
とても官能的な場面を目撃してしまった私の頭はキャパオーバー。
奇声をあげて後ずさると、声に驚いた女子たちの手が止まり、ここぞとばかりに王子が逃走。
「「あ、那智様っ!!」」
「あぁっ、お待ちください、那智様~っ」
打ちひしがれる会長。
取り巻きが私を睨みながら口々に文句を言う。
「ちょっと貴女、邪魔しないでよ!」
「那智様の隣の席だからって、良い気にならないで!?」
…女子怖い。
鼻の奥がツーンとしたと思ったら、視界がぼやけてきてしまって。
泣いたらだめだと思って堪えようとするものの、堪え切れずにこぼしてしまった。
「ちょっとアンタ達!!
あたしのかぁいい雛姫になんてことすんの?!」
泣いてしまった私を見てちぃちゃんが激怒。
クラス内は騒然となった。
「貴女たち!!
雛姫さんに謝りなさいっ!
那智様に逃げられた事を他人のせいにするとは、那智様ファンクラブの風上にも置けませんわ!!
雛姫さん、ファンクラブの者がごめんなさいね。
さぁ、あなたたち!
那智様をお探しするのですわ~~~っ」
あっさりと謝った会長以下ファンクラブの面々に、怒りのぶつけどころをなくしたちぃちゃんは『もういいわよ。あたしも悪かったわ』とぶすっと言って、その場はおさまった。
そして駆けて行くファンクラブの面々。
もうすぐSHR始まるんじゃ…?
「ごめんね、ちぃちゃん。ありがとー」
「いいのよ…。あ、ティッシュ持ってる? 鼻かんだ方がいいわよ」
「うん、持ってるよ~」
鼻をかんでいると、再び廊下が騒がしくなってきて。
「柏木雛姫ちゃん、み~っけ!!」
「え…?」
廊下から名指し…?
「千夏ねぇさんも一緒だぞ!」
「ってことは、隼人くんも…?!」
.
ぞろぞろと廊下にヤジウマが集まる中、二人は少し慌てた様子で話しあっていた。
「これは…予想以上だぞ」
「知らないわよ!
っていうか、なんで"あたしとアンタはいつも一緒にいる"みたいになってんのよ!!」
「それこそ知らねーよ。
つーか本気でヤバいって。
逃げるぞ!!」
「んっとに…アンタと居ると、気が休まらないわ。
雛姫!逃げるよっ!!」
「えっ」
ぐぃっと腕を引かれて、隼人くんが盾となって教室のドアを突破。
身長が高い二人は当然足の長さも長くて、脚の短い私はその分早く回転させなきゃいけない。
「も…っ、無理っ」
足がもつれそうだよ…っ
「大丈夫だから、もうちょっと頑張って!!」
「くっそ、那智のヤツ。
ちょっとは手伝えよなっ!」
しばらく走って、心臓が悲鳴を上げ始めた。
私、長距離って向かないんだよ…っていうか、運動全般がね。
足手まといになってることは重々承知だったので、追いかけて走るのは諦めて、自分から離れた。
必死に走ってる二人は気付かずに走り続けて、とうとう角で曲がって見えなくなった。
「ひとりぼっちだぁ…」
ついさっきまで、これでいいんだって思ってたのに。
一人になった途端に不安に押しつぶされそうになる。
知らない土地でひとりぼっち…。
しかも、追われてる身。
なんか、周りは薄暗いし。
とりあえず、近くにあった準備室みたいな所に入ってみるけど、薄暗くて空気が埃っぽい。
ジメジメしてるっていうのかな。
なんかお化けが出そう。
「やっぱり一人になんか、なるんじゃなかったよぉ」
早くも後悔。
気を紛らわせようとして携帯を見るが、お兄ちゃんからの"お姉ちゃんの寝顔写メ"が来てただけだった。
こんなの要らないし。
受信の時間を見ると、たった数分前。
もしかしたら、今だったら電話に出てくれるかも?
ダメモトで掛けてみようっと。
「出て~~~っ」
念を送っていると、5コール目でお兄ちゃんが出てくれた。
『もしもし?』
「お兄ちゃ…っ!!」
『おぉ、どしたの?』
「怖い~~~っ」
『え、周りに人は?』
「いない。自分からはぐれた…」
『何やってんの…』
「怖い。」
『それは分かったって。今、どんな状況なのさ?』
「いっぱいの人に追いかけられて、ちぃちゃんと隼人くんと逃げてたんだけど、足手まといだなぁって思って自分からはぐれた」
状況を伝えると、ハァーーーッっと長い溜息をつかれた後、バカと呟かれた。
「自分だって馬鹿だって思ったもんっ」
『……那智は?』
なんで那智君のこと知ってるのかなぁ?
まぁいっか。
「王子は私たちより前に逃走したよ?」
『分かった、那智に向かわせるから。
今どこ?』
「どこだろ…?」
周りを見渡すも、本の山しか目に入らない。
窓を遮るように本棚が置いてあるし…。
って、アレ?
一見、何の変哲もない、本のいっぱい入ってる本棚だけど…。
ハリポ○みたいに、隠し扉だったりして?
なぁんてねー…
試しに押してみると。
…開いちゃったよ?
.
「お兄ちゃん、資料室みたいな所で、本棚を押したら隠し通路がある所って分かる?」
『……あ、分かった。そのまんま進んでみ?』
「了解っ」
真っ暗な地下通路のようなとこを進んで行くと、廊下のあちこちに重々しい扉。
『あ、ヤバ、講義始まるっ!
雛姫?そこの突き当たりのドアを開けたら、大きな桜の木のところに出るから。
そこで那智の事待ってて。
じゃあ切るよ?
またね~』
「え、ちょぉっ」
聞こえてくるのはツーッ、ツーッという機械音。
突き当たりってドコよぉっ?!
仕方なく、携帯のディスプレイを懐中電灯替わりにして先に進む。
「まだあるの…?」
―――――――
―――
―♪♪♪―
しばらくして、突然なった携帯にびっくりして落としそうになる。
びっくりさせないでよ、もう!!
開いてみるとちぃちゃんから。
【今どこなん((((゚ □ ゚ ) ゚ □ ゚))))?
大丈夫?襲われてない??】
…襲われてたらメール返せないと思う。
とりあえず、出来る限りの早打ちで【大丈夫だよ!心配かけてごめんね(´`;)】とメールを作って送信。
そうこうしているうちに、突き当たりだと思われるドアに辿り着いて、思い切って開けてみる。
と、ソコは仮登校日に見つけたあの桜。
1ヶ月経って花が散り、すっかり葉桜になっていた。
「それにしても大きいなぁ」
樹齢何年くらいなんだろ。
桜の木に取り付けられた札を見つけて読んでみると、"名前:小町 Since16??~"と書かれていた。
400年っ?!
そんな古い木が残ってるんだ…。
しかもこんなに寂しい所に。
学園の敷地の端の、四方を建物に囲まれている中庭。
花を見て喜んでくれる人もいないのに、ひっそりと花を咲かせていたんだね…。
太い幹に手をついて、そんな事を考えていた。
そういえば…物は100年人間に使われると魂が宿って"付喪神(つくもがみ)"になって、荒(あら)ぶれば禍をもたらし、和(な)ぎれば幸をもたらすって言われてる。
しかも、桜は霊的な力が強いっていうし…
この桜にも、付喪神がいるのかなぁ?
.
「柏木?」
「ぁ…!」
ビックリしたぁ…っ。
後ろから声を掛けられてびっくりしたけど、王子だった。
「桜の木に手なんかついて…考え事でもしてたの?」
「この桜の木にも、付喪神がいるのかなぁって思って」
まぁ、考え事と言えば考え事?
「付喪神? …意外とマニアックだね」
高校生にもなってこんなのを信じてて、バカにされちゃうかなぁと思いながらも言うと、返ってきたのは温かい返事。
「昔から、妖怪とかが好きで、色々読み漁ってたの」
「ふぅん…遭った事は?」
「ないよー。」
「そっか。 話変わるけど、横座ってもいい?」
「ん? いいよ。」
ずっと、男の子が怖いと思い込んでたけど、王子はそうでもないみたいだし…。
あ、隼人くんも。
いっしょに時間をつぶしてくれるのに、立たせたままじゃ悪いし。