優しい先生の質問にも短く返し、灑梛はそのまま、幼稚園の敷地を飛び出した。後ろから自分を呼び戻す声が聴こえるが、振り返らない。
灑梛は走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇
こうして、現在に至る。
ここまで来れば先生も追いかけて来ないだろうという判断で、灑梛は道端に座り込み、フェンスにもたれかかった。
――――――――――――カシャン…
フェンスが軋み、音を立てる。お散歩日和な今日の天気は、灑梛を夢の中へ連れ込んだ。
しばらくうとうとしていると、ポン、と灑梛の靴にサッカーボールが当たった。いっぺんに眠気を醒まされた灑梛は、起き上がってサッカーボールを足の下に置き、勢いよくボールを蹴飛ばした。
「うわっ!?」
誰かが声を上げる。前を見れば、サッカーボールを持って走ってくる、一人の少年がいた。
「おまえ、すごいな!」
『は?』
「おんなであんなにとばすやつ、はじめてみた!!」
興奮気味に話す少年を見て、灑梛は怪訝な表情をした。
どこか腑に落ちない。なんだろう。
『…あ』
灑梛は小さく声を上げた。いまだに感動している少年を見て、口を開く。
そうだ、この人は――――――…
『ねぇ、こわくないの?』
「なにが?」
『え…わたしの、め』
灑梛の目を見つめて、少年は微笑んだ。
「なんで?きれいないろじゃん」
『え…』
「おれはすきだよ、バラみたいだよね!!」
初めて自分の眼を父や母意外に褒められ、狼狽える灑梛。
しかし、幾分か気持ちが晴れた。
『…ありがとう』
「どういたしまして」
二人で笑っていると、後ろから自分を呼ぶ父と母の声が聴こえた。
幼稚園から連絡があったのだろう、焦った様子である。
『あ…わたし、いかなきゃ』
「うん、またね」
『さようなら』
二人は手を振り、別れた。灑梛は父と母の元へ、走りよる。
「灑梛!!」
『ちちうえ、ははうえ!!』
父に飛び付き、そのまま抱っこをしてもらう。
その様子を、少年は羨ましそうに遠くから見ていた。