それはまだ、桜の花弁が舞い散る季節。

一人の幼女は、目に涙を溜め、転びながらも、懸命に走っていた。

『ちちうえ…ははうえぇ…』

目を閉じれば一番に出てくるのは、強くて優しい父の姿と、穏やかで笑みを絶やさない母の姿。
大好きな、父と母の姿。
しかし、二人は今いない。当たり前だ、自分が勝手に幼稚園を抜け出したのだから。

ふと、幼女は走るのを止めた。

『ここ、どこぉ?』

見慣れない景色に心細さを覚える。




幼女の名は靈羅 灑梛。
齢五歳の、胸まで伸びた艶やかな黒髪と紅眼が美しい、幼き少女だった―――――――…