隠れている机の下で「失礼します」と言う佐久間主任の声を聞く。

ほぉ~。
立派な机様があって良かったよ。

ほっと胸を撫で下ろしている私の存在に気付くはずもなく、佐久間主任が部屋の中にツカツカと入って来る。

「奥田取締役、お久し振りです」

「よせよ。君まで『取締役』と呼ぶとは堅苦しい」

「ですが、奥田取締役は、取締役です」

「以前のように名前で呼んでくれればいい。肩書きは不要だ」

「ですが……」

「俺も君の事は今まで通り『佐久間君』と呼ぶ。それでいいな?」

「は……い」

「良かった。ところで何か用でも?」

「あ、はい。実は、この間、本部長から打診されました私のNY支社への転勤の件ですが……」

えっ?!

佐久間主任が、転勤?!

しかも課長のいるNYへ?

思わず、身を乗り出して、机の目隠し部分に耳を当てる。

ぜんっぜん聞いてないよ、そんなこと。


課長の声が、「あー……それか……」と上ずり、コホンと慌てて咳を立てる。


「奥田さんがバンカメ(BANK OF AMERICA:バンク・オブ・アメリカの略)に移籍されるとのことで、その後任人者の補佐に入って欲しいとのことですが……」


「ゴッホン!ゲホゲホゲホッ!!ゴホッ!」

課長が思いっきり咳込む。

「どうされましたか?大丈夫ですか?奥田さん?」

「あ、いや。すまん。大丈夫だ。風邪……だな」

動揺した課長の声が、微妙に机の下に向かって発せられる。


バンカメへの移籍??

課長が?

どういう……こと?!

バンカメってアメリカでも最大の金融機関の、あの、バンカメ?

そんなの……

そんなの……

私、ぜんっぜん、聞いてません!!

聞いてませんっっってばよ、課長!!