ズバァァァァァン!!

鬼課長の投げる球はあり得ないくらい速い。

みんなの顔から笑みが消え、冷や汗がタラリと垂れる。

やっぱ、課長は人間じゃない。

みんなで力を合わせて、とっとと、この試合を終わらせて、鬼の棲む鬼が島に戻ってもらわなきゃ。


「おい。吉田、お前打て」


自分の番だった部長は代打に言い出しっぺの吉田さんを任命する。

「い、いや。オレは課長の投げる球を見てみたいとは言ったけど、打ちたいとは言ってません!」

今にも泣きそうだ。

課長属する金融法人課vs部長がテコ入れする公共法人課の闘いは、課長の投球で公共法人課の旗色が悪い。

むしろ、「お前が行け!お前が打て!!」とチームワークは崩壊寸前。

その上、公共法人課は退職間際のおじ様ばかり。

無事、天寿を全うして退職したいと願うささやかな祈りに、部長も「うむむ……」なんて声を唸らせる。

そんなおじ様社員の中から、「杉原君はどうでしょう、部長」ってあり得ない提案がなされる。

「ま、待って下さい!私は課長と同じ金融法人課ですよ!」

部長の目がキラリと光る。

「いい!杉原君、君が行きなさい。部長の権限で、今だけ、公共法人課へのトレードを命じる!」

そ、そんなぁ……

いくら、うちがトレーディング部だからって、そんなトレードは『なし』っしょ。

「おおっ~!!師弟対決だ」

試合が一気に盛り上がる。

「私だって、女の子です!もし顔に怪我でもしてお嫁に行けなくなったらどうするんですか!」

「その時は、奥田君は独身だから嫁にもらってもらえば良いじゃないか。名案。名案」

部長はホクホク顔だ。

何が名案よ!

部長の無責任な一言に、私の人生は一気に明暗を分けた戦いに突入する。

奥田課長と結婚なんかしたら、一生、鬼の巣窟で『バカヤロー』って怒鳴られ通しだ。



そんなのまっぴらごめんよ!



こうなったら、女子高時代にソフトボール部でならした「補欠の補欠の補欠」の意地を見しちゃる!


私はバッターボックスに立つと、バットをぐっと握り締めた。