「どうしたの?由紀」

無意識のうちに立ち上がってしまった私にかぁちゃんが声を掛ける。

両親、仲人の村長さんご夫妻、お見合い君とそのご両親の視線が一斉に私を見上げる。


「あの、すみません。私……私……」


何て言うの?

実は好きな男の人がいることに気づいたから、この見合い止めます?


今、ここで?

みんながせっかくセッティングしてくれたのに?


だけど……


テーブルの上にある茶碗に手を伸ばすとぉちゃんの腕時計を見る。



もう、時間が無い。

課長は後2時間もしないうちに、NYに飛び立ってしまう。


課長は5年はNYに行きっぱなしかもしれないって、噂で誰かが言ってた。


だとしたら、もう、ずっと会えなくなってしまう。

もしかしたら、このまま、一生……?



だけど、


だけど、


今、村挙げての盛大なお見合いなんだよ?


赤ら顔したとうちゃんや、村長さんの目とばったりと合い、現実に引き戻される。


だめ……

言えない……。

だけど……

行っちゃう!

課長が、行っちゃうよ!


立ち竦む私の手を、横に座っていたかぁちゃんの手がぐいっと引っ張る。


「すみません、この子ったら。ちょっとお化粧直しに失礼しますわね。さ、由紀!」


かぁちゃんは私の手を引くと「すぐに戻りますわ。ほほほ」と村長さんと相手のご両親に一礼して、急いで部屋の外へと私を連れ出す。


私は数歩歩いたところで立ち止まり、かぁちゃんの手を振り解く。


「ごめん、かぁちゃん。私……」

「言わんでよかっ!」


かぁちゃんのものすごい剣幕にビビリ、後ずさる。

「あんた、さっきの男に惚れとるんやろ?あたしゃ、す~ぐ、ピン!と来たばい。
ったく、ほんなごてあんたは情けなか!
好きな男の一人も捕まえられんで、なんばしよったとね!」

「かぁちゃん……」

「村長さんには、あたしの方から謝っとくけん、はよ、行きんしゃい!」

「え?!」

「あん人が、前にあんたが電話でゆーとったヌーヨークっちゅーとこに行きんしゃるバカヤロ課長さんやろ?
あんたが惚れとることは薄々感じとったばい。
『太腹町の小野小町』の勘ば、なめちゃぁ~いかんたい!」

かぁちゃんが私の背中をぐいっと押す。

「九州の女が、いつまっでん、うじうじせんと行け!」


かぁちゃん……

一瞬、廊下の突き当たりにある掛け時計が目に入る。

だけど、今から駆けつけても、もう間に合わない。

バカだ、私……。

回転扉の向こう側に、光に包まれながら去って行った課長の後姿が目に浮かび上がる。

あの時が最後のチャンスだったんだ。

私はそのチャンスを逃してしまったんだ。

永遠に。

気づくのが、遅すぎたんだ。


「ありがと、かぁちゃん。でも、もう今更、遅か気がする。
課長と私は、きっと結ばれない運命にあったとかもしれん。
それに、とぉちゃん、かぁちゃんに迷惑掛けられんけん……」



パァァァァァァァァン!!!



意気地なしの私にかぁちゃんはハリ手を喰らわせ、仁王立ちで睨みつける。


「バカタレが!なんば女のキャークサレみたいなこと言うとっとばい!
とぉちゃんや、うちに迷惑ば掛けられん?!
はっ!ふざけんのも大概にせんか!
あんたが本当に幸せになるためだったら、親は土下座でんなんでんするっ!
そんために親はおるとじゃろうが!
親ばなめんなっ!」