仏(ほとけ)の林さんのノラリクラリ、それでいて説得力のある説法に、客先はあっけなく陥落した。



そして、今。

私の目の前には白子のどんぶりがある。

「まぁ、遠慮せずに、一気に食べてみてはどうかね?!」

課長のおごりに便乗した本部長の陽気な声が飛ぶ。

「そうそう。今日は、君の初大商いのお祝いだからね」

船盛りの本マグロに下鼓を打ちながら、赤ら顔の部長が「あ、もう一本ビール追加ね」と居酒屋の店員さんにビールのおかわりをする。

「部長、もうそれ位にしといた方が……」

ディーラーの押尾さんが店員さんを呼び止めて「すみません。ビールは取りやめます。梅酒でお願いします」と自分の好きな注文に改める。

部屋は雪崩式に便乗した30人程のディーラーとトレーダーで貸し切り状態。

課長の財布は風前のともしびだ。

課長、この宴会代、全部出すつもりなんですか?!


そんな心配をしつつも、気分はプチっとブルーになる。

だって、商いが出来たのは林さんの神憑り的な仏トークのおかげだし。

しかも、営業の帰りに、林さんから聞いたある話にガクンと来てしまった。

でも、しっかり、ビールは頂く。


「どうした?白子、食べてないようだが、具合でも悪いのか?」

横に座る課長がヒョイと顔をのぞかせる。

課長、顔だけはイイんですから、そんなに近づけないで下さいと心の声が訴える。

「い、いえ。たまたまですよ」

「前はガッついてただろう?」

「まぁ、これは『たまたま』ですから、そんなに食べれるもんじゃないですよ、課長」

隣に陣取る吉田さんが、私の目の前の厚焼き卵をお皿ごと横取りする。

「へぇ~、これ『たまたま』ってお魚なんですね」

私の言葉に吉田さんの目がキョトンとなる。

課長ははす向かいに座る本部長に日本酒をトクトクと注いでいる。

「もしかして……知らないの?」

吉田さんが首を傾げる私の耳に「これはね……」と耳打ちする。


げっ。

まじで。


「杉原。約束だからな。俺の分の白子もやるぞ」

課長がドン!とどんぶりを私の目の前に置く。

課長ぉぉぉ。

すみませぇぇ~ん。

清純な乙女の私には、この『たまたま』は食べれません(:_;)

うるうるしながらじっと課長を見つめる。