繊細な……ものすごく繊細な課長の心が見えてくる。

課長の手はこんなにも温かいのに、心はどうして今でもこんなにも寒いところにいるんだろう。

そう思うと悲しくなった。

「でも、課長はお母様をかばってこの傷が出来たって……営業の林さんが……」

「あの日は、久し振りに寮から戻って家族でドラフト指名を祝うはずだった。

だが、親父はすでに泥酔していて……。

ドラフト指名を断りたいと言った俺と、それを反対する親父の間で口論が始まって……。

親父が止めに入ったおふくろに切りかかろうとしたとき、俺がかばって出来た傷だ。

でも……。

良かったんだよ。

俺はこの傷のお陰で目が醒めた。

守るべきおふくろを守ることが出来たんだ。

もう、一点の悔いもない」

課長の穏やかな口調に、涙が出る。

「課長……」

「俺は……人生をやり直したいと思った。

あれから、親父は治療のため入院し、おふくろとも離婚した。

俺はおふくろについて行ったから母の旧姓『奥田』をその時から名乗ってる。

それから、10年後におふくろと伯父は結婚して、おふくろは再び『澤村』姓を名乗ることになったわけだが……俺は『奥田』を名乗り続けた。

俺は……生まれてくるだけの『価値』があったと思われる人間になりたくて、大学に行き、アメリカに渡り、帰国してからも仕事にのめりこんで……。

だが、根本は変わらない。

俺は、本当に生まれてきて良かったのかと、今でも自分自身を肯定できずにいる……」

「課長、もう……もう……いい……です……」

私は、課長の告白を聞いていてたまらなくなり、後ろを振り向くと、ぎゅっと力いっぱい課長を抱きしめる。