課長の右のひじから腕にかけて引き裂いたような大きな傷跡に、笑顔が引いてしまう。

課長が私の目線の先を感じ取り、ひじを見て、「ああ、これか」とふっと笑う。

以前聞いた営業の林さんの言葉を思い出す。

『やり切れん話さ。

せっかく華々しくドラフト1位指名まで受けてたってのに、親父さんのDV(ドメスティック・バイオレンス)からお袋さんをかばって腕を痛めてしまってな。

もう二度と以前のような投球は出来ない体になってしまった……』

ひどい傷。

今まで気付かなかった。

前にホテルに泊まった時……。

あの時も課長は服を脱いでたけど、丁度、死角だった……。

それとも、課長はとっさに見えないように隠してたのかな。

それに今まで、どんなときもきっちりスーツを着ている課長が、腕を出したとこ見たことなかった。

この傷は、本当にあの車椅子のお父さんにつけられた傷なの?

だとしたら、ひどい。

ひどすぎるよ!

それに、凄く痛々しい。

ゴクリと唾を飲む。

「痛かったですか?」

はぅっ!

馬鹿な質問しちゃった!

痛いに決まってるじゃんよ。

でも、課長はやっぱり優しく微笑んで、「忘れた」なんていう。

「いや。やっぱり痛かったかな。25針縫ったときは」

に、にじゅうごはり!

目眩がしそうだ。

痛かったのは、腕だけじゃなかったはず。

課長は全てを失ってしまったんだ。

夢とか、将来とか、希望とか……そんな全てを。

「つらかったですよね」

課長の傷にそっとふれ、ちょっと泣きそうになってしまう。

そんな私を課長が包み込むように抱きしめてくれる。

「あの時はな。だが、今は違う。

良かったんだよ、これで。

あの時があって今がある。

それに、こうしてお前に出会えたしな」