課長の掴んだ手の強さに思わず、ドキリとしてしまう。

「課長?」

「ごめん……かぁさん……ごめ……」

えっ?

課長……

目、開けてないぞ。

それに良く見ると、額には汗が滲んでいる。

「か…ちょぉ…?」

どうしたの?

うなされているのか、課長は眉根を寄せて、体をよじらせながらうわ言のように何か言ってる。

聞えない。

でもなんか不吉な予感に胸がドキドキする。

起こした方が良さげな感じがする。


「課長!?」

「親父!やめろっ!!」

私の差し出す手を払うように、突然、課長が飛び起きる。

肩で荒い息をしながら、課長の大きく見開かれた目がゆっくりと辺りを見回し、やがて、私と目が合う。

「杉原……お前、どうしてここに……」

「大丈夫ですか?課長?」

課長は乱れた前髪に指をつっこむと、大きな溜息をついた。

「課長?」

「あ?ああ……」

そう言ったっきり、課長はぼぉっとしている。

「杉原、今、何時だ?」

「12時3分ですけど」

「11時33分に起こしてくれと言ったはずだが」

「すみません。よくお休みなっていたので……」

「まぁ、いい。遅くなったな。帰る用意を。今から送ろう」

「課長、しんどそうです。もう少し、休んだ方が……」

「いや、大丈夫だ」

「でもうなされてましたし……」

ソファから立ち上がり、スーツの上着に伸ばした課長の手が一瞬止まる。

「うなされてた?俺が?」

コクンと頷き、私は課長を真っ直ぐに見る。

私、間違えてた。

別れるなんて1人で勝手に思い込む前に、ちゃんと向き合わなきゃいけなかったんだ。

課長が何も言ってくれないからって責める前に、逃げずに課長と話し合うべきだったんだ。

まだ、間に合う?

息を大きく吸って、課長の前に立つ。


「いつも課長は私よりも仕事が出来て、大人で……。
もどかしいくらい課長は全てを背負ってて……。
私なんか課長の足手まといで『試練』で……」

いかん、言ってて段々、落ち込んできたぞ。
でも、気を取り直して課長を真っ直ぐに見つめる。

もしかしたら、私、間違えてしまったのかもしれない。
遅いかもしれないけど、手遅れかもしれないけど……。

「でも、私、一人の人間として、課長と真正面から向き合いたい。
私、聞いちゃいけないですか?
課長の……お母さんのこと、とか……その……お父さんのこととか……もそうですけど、課長が私のせいでここにいることとか。
彼女やめちゃう宣言してしまったけど、でも、せめて一緒に働く仲間として、課長のこと知りたいと思っちゃ、力になりたいと思っちゃいけませんか?」