「それに君は海外勤務希望を出しているね」

専務が資料をパラリとめくる。


バカタレ!私。

なんで、取り消しとかなかったのよ!

そんなオロカな希望を出していたことなんて、すっかり忘れてたぁぁぁぁ。


「あ、あのぅ、専務……」

「ところで」

専務がコホンと咳払い。

「君は奥田君のことをどう思うかね?」

「おっ…」

やばい!

危うく、『鬼です』なんて心の正直な声がダダ漏れしちゃうところだった。

「恐ろしく頭の切れる方だと思います」

無難な答えじゃ~。

でも、ホント、そう思う。

彼女止めます宣言からメールとか電話とか来ないと思ったら、NYへ私を呼ぼうなんてこんな形で報復されようとは!

課長、恐るべし。

でも、行ける訳ないじゃん!

つーか、行かないし!

そもそも、別れた男のモトにホイホイゴキブリみたいに行く女がどこにいるっていうのよ!


行くなんて、ムリムリムリムリ!!

心の中で、エアー拒絶。


だけど、そんなこと、専務に言える訳もなく、目の前の専務はさっきの私の返事に「うむうむ」なんて大きく頷いている。


バリ、やばいだっちゅ。


専務は立ち上がると、私に右手を差し出し、ニッコリほほ笑む。


「では、決まったようだな。2週間で引き継ぎを済ませたまえ。奥田君のもとでの君の健闘を心から祈っている」