正座していた足を崩そうと足を触った時、
ラグとソファーの隙間に指が当たる。
何か物に当たった感触。
なんだろ…と思って、手に取った。
…ピアス…?
急に鼓動が早くなる。
これ…
この間、千春さんがしてたピアス…だ。
なんでこんなトコに…?
なんで…?
家に上げてないって言ったよね?
奏はあたしの異変に気付いて、
「どした?」
と、聞いてくる。
あたしは、それをにぎりしめて、奏の目の前に突き出した。
手が、
身体全体が、
震える。
「これ…」
奏はそれに目をやってから、
あたしを見た。
あたしの視界は涙でふさがった。
「…ごめん。」
「…何がごめ…んなの?千春さんてやっちゃってごめんなの?」
「違う!千春とは…「千春千春言わないでよ!お兄さんの奥さんなんでしょ?!」
「千秋!違う!ちは…お義姉さんとはやってないから!!信じてくれ!!」
ガシャ−−ンッ
あたしはローテーブルの上にあったコーヒーが入ったマグカップをはらい飛ばした。
「千秋…」
奏はあたしに近づいて、抱きしめようとする。
「触らないでよ!」
あたしは奏を突き飛ばす。
「何が全部話す、信じろ?!おかしいよ!!」
あたしは立ち上がって、バッグを持ってそのまま家を出た。
「千秋っ!!待て!!ごめん!でもホントに千春を抱いてないから!!」
奏は、出て行くあたしにむかって叫んでた。
あたしはマンションの前で、携帯を出して電話をかける。
「…もしもし?あたし…今からそっち行くから…」
「千秋?どした?今どこ?俺がそっち行くから…待ってな」
「…早く来て!!!すぐに来て!!雷太!!!」
あたしは泣き崩れた。
電話を切って、深呼吸した。
何やってんだろ…あたし。
携帯をギュッと握る。
「千秋」
今一番聞きたくない声が背中からした。
あたしは振り向かないで言った。
「今日は追いかけてくるんだ?
この間は千春さんと会わなくちゃいけないから、追いかけてこなかったんだね?」
「……」
「あたし…この間、奏が追いかけてくれるの待ってたんだよ?
駅までの道を何回も何回も振り返ったんだよ?」
「…聞いてくれる?千秋。俺、ホントにお義姉さんを抱いてない。お義姉さん、今兄貴の子…二人目を妊娠してるんだって。
それで、ファミレスで話した後に気分悪くなってさ…
家のトイレ貸して、水飲ませる為に家に入れた…」
「…なんで嘘ついた?やましい気持ちあるから嘘ついたんでしょ?違う?」
「やましい気持ちはないよ。ただ…千秋を不安にさせたくなかったから…
信じて…千秋」
あたしは、肩を震わせて泣いた。
「千秋…」
奏の指があたしの肩に触れる。
「今から雷太が迎えにくるの。」
「…もう俺の所に戻らないつもり?」
「……」
「…わかった」
そう言うと奏はあたしから離れて行った。
あたしは…
振り返りたかったけど、
身体に力を入れて、雷太が来る方向を見つめた。
−−−−−−−
しばらくして。
雷太がタクシーであたしを迎えにきた。
雷太は何も言わずにあたしをタクシーに乗せた。
タクシーの中では、あたしは泣くのを我慢した。
雷太はずっとあたしの手を握ってくれた。
−−−−−−−
タクシーを降りて…
雷太はあたしを抱きしめた。
「今、俺千秋にすげぇムカついてる…」
「…ごめん」
「…でも。俺に一番に電話くれた事…すげぇ嬉しい。」
「…雷…太」
「今は千秋の中の俺の存在がゼロでもいいから。…千秋が誰を見ててもいいから…
俺に千秋の傍にいさせて?」
あたし…
雷太にとんでもない事しちゃったんだ…
雷太を利用したんだ…
「…ごめんね!雷太!!あたし…バカだ…」
雷太は何も言わずにきつく抱きしめてくれた。
−−−−−−−
その日から、奏とは一切連絡を取らなかった。
学校でも顔を合わせる事はなかった。
ユリや太一は、その事にも雷太の事にも触れない。
あたしは、パーマが取れかけた、背中まであった髪を肩まで切った。
雷太とはあれから友達関係を続けている。
あたしはピアスを空けた。
右3つ、左2つ。
数に意味はないけど、
ピアスの穴を空ける事で自分の吐き出せない辛さを紛らしてたのかもしれない…
「ちあきん〇ま♪」
リョウ先輩は相変わらずあたしのクラスに来て絡んでくる。
「そろそろその呼び方やめてください…恥ずかしいんですけど」
「じゃぁなんて呼べばいいの?」
「千秋ちゃん〜とか千秋さん…とか、普通がいいです」
「んじゃ、千秋」
「まぁ…それでいいです」
「千秋、夏休み暇してる??」
「…特に予定はないですけど?なんで?」
「空いてる時間、全部俺に頂戴!」
「え゛?!」
「ってな訳でよろしく♪」
リョウ先輩は勝手に決めて、勝手に帰って行った。
なんなんだ…あの人。
…夏休みかぁ…。
もうそんな時期かぁ…。
バイトでもしようかな…
帰り支度をして校舎を出て渡り廊下を歩いていた時、
「山瀬さん!」
振り返ると、顔はわかるけど名前は知らない男の子が立っていた。
「…えっと…2組の…」
「あ、俺2組の近藤。
今ちょっといいかな…」
「…うん。大丈夫だけど…」
「話した事もないし、いきなりはアレ…なんだけどさ。
俺、山瀬さんの事が好きで…よかったら夏休み一緒に映画とか行っくれないかな…」
「あ…夏休み、毎日バイトなの…ごめんね。」
−−−−−−−
「ありゃぁ…千秋…また告られてるな…」
奏とリョウのクラスからは、千秋がいる渡り廊下がまる見え。
「奏が千秋と別れてから、千秋、告白のオンパレードだな。
最近髪切ってますます可愛くなったからなぁ…
うかうかしてらんないな…」
リョウは窓際の机に突っ伏す奏に聞こえるように言った。
「……」
「奏!見てみろよ!千秋、可愛いぞ?」
「……」
奏はチラッと下を見た。
後ろ姿でも、あれが千秋だとすぐにわかる。
「…髪…だいぶ切ったんだな…」
奏はボソッと言う。
「奏…お前千秋に未練タラタラだな」
「んぁ?そう…か?
ん…そうかもな…
ってか、お前いつから《千秋》って呼んでんだよ。」
「さっきから♪さっき千秋の夏休みを全部俺にくれって言いに行った時♪」
「…お前性格悪すぎ…普通俺の前でそんな事言えないはずだぞ?」
「だって俺千秋好きだから♪」
「…本気?」
「かなり本気♪俺、携帯メモリーから千秋以外の女の子消したし♪」
「すげぇな…それ…。ってか、千秋、今男いないんだ?」
「さぁ…。最近雰囲気変わったし、彼氏いたりして…。っつうか、気になるなら自分で聞け!」
「聞ける訳ねぇ〜じゃん。
はぁ…俺、かなりヤバイ。重症だわ…」
奏はバッグを持って教室を出た。
奏と別れた…という噂はあっという間に広まったし、夏休み前という事もあって、あたしは、最近よく告白をされていた。
簡単に「はい、わかりました。付き合います」なんて言えないし…
お断りするのも辛い…
あたしは、ローファーに履きかえて、校庭にでた。
あまりにも陽射しが強くて、俯いた。
後ろから二つの足音がする。
「お♪千秋〜!」
振り返るとリョウ先輩と奏がいた。
あの日以来、奏には会ってなかったから、どういう顔をしていいかわからない…
「……」
「……」
「俺達今から寄り道するけど、千秋もどう?」
リョウ先輩…空気よんでよ。
「あたしは…帰ります」
「えぇ?!いいじゃん!!行こうよ!」
リョウ先輩は無理矢理あたしの手を引く。
「…俺帰るわ」
奏はそう言うと、あたしとリョウ先輩の横を通り過ぎて行った。
「奏!!待てって!!」
リョウ先輩はあたしの手を掴んだまま奏の元に走った。
「お前も行くの!いいよな?千秋?」
あたしは「別に…」と答えた。
−−−−−−−
三人でファストフード店に入った。
久々に奏の顔を見た。
胸の奥がキュンとする。
今すぐに触れたい…
抱きしめて欲しい…
なんて考えてしまう。
「おっ!ちょっとツレから電話!」
リョウ先輩が携帯を持って席をはずす。
「……」
「……」
言葉が出ない。
すると、奏が口を開いた。
「…髪…だいぶ切ったんだな」
「あ…うん。」
あたしは髪を触りながら答えた。
「…ピアス」
ビクッ
ピアスという単語に過剰に反応してしまった。
「…ピアス空けたんだ?」
「…うん。」
「……」
「あぁ!!もう!!!」
奏が突然頭をかきながら叫んだ。
「千秋!!!行くぞ!!!」
「え?!」
「早くしろ!」
奏はあたしのバッグを持って立ち上がる。
電話から帰ってきたリョウ先輩に
「わりぃ!リョウ。千秋連れてくわ」
「はぁ?!」
リョウ先輩は呆れていた。
気が付いたらあたしは奏に手を繋がれて、店の外に出ていた。
「そ、奏!待って!!」
「待たない!!」
「どこ行くの?!」
「俺ん家!!」
「ヤダよ!!ちょっと!!」
あたしは手を離そうとしたけど、奏は一層力をこめて握った。
「もう離さない。」
奏は真剣な顔であたしに言った。
奏のマンションに着く。
あたしは奏の部屋に入るのを躊躇っていた。
奏は何も言わず、あたしを部屋に押し込んだ。
あたしは玄関で立ち尽くす。
「早く入って」
奏に促され、渋々部屋に入る。
リビングに入ると同時に
奏にきつく抱きしめられる。
「千秋…」
小さな声が耳元から聞こえる。
「俺、やっぱり千秋を離したくない」
奏の力の強さにクラクラする…
「…離したくない。誰にも渡したくない…」
「……」
「千秋…もうダメか?」
あたしは…
あたしは…
「…もう…絶対嘘つかない?」
「つかない」
「…ホントに?」
「ホント」
あたしは、奏の首に腕をまわした。
「じゃぁ許す」
ホッとした顔をする奏に
あたしからキスをした。
「ごめんな…千秋」
「もうこの話は終わりにしよ」
「わかった…じゃぁ…」
「今すぐ千秋ちょうだい」
そう言って奏はあたしを抱きかかえて寝室に連れて行った。
ベッドに降ろされて、あたしの髪に触れる。
「これくらいの長さも可愛い…」
あたしは奏の熱っぽい視線にドキッとした。
ギュッと指を絡ませて、あたしたちは唇を深く重ねた。
奏の体温があたしの体温を上げていく…
あたしたちは目一杯愛し合った。
「…千秋…愛してるよ」
「あたしも…愛してる」
翌日。
今日は終業式。
校門をくぐると、その場にいる生徒全員の視線を浴びる。
別れたはずだった二人が、手を繋いで登校しているから…
あたしも奏も顔をあわせて笑う。
「俺達どんだけ有名人なんだよ」
「ホントに…」
「朝からムカつくんですけど?」
あたしたちの間に割って入ろうとするリョウ先輩。
「コラッ!リョウ!邪魔すんな!!」
「いや…俺は邪魔するぞ!!俺の千秋を返せっ!!」
「いつお前のになったんだよ?コイツは俺のだし。」
奏は挑発するようにあたしを抱きしめて、リョウ先輩をチラ見する。
「あぁぁぁぁ!!!ムカつく×2!!!」
リョウ先輩は大声で叫ぶ。
「行くぞ、千秋!」
あたしと奏は笑ってそのまま走った。
−−−−−−−
教室に入ると、ユリと太一があたしを見てニヤっと笑う。
「な〜に朝からいちゃついてんの?暑いしウザ〜〜イ♪」
あたしはエヘヘとピースする。
−−−−−−−
終業式はあっという間に終わった。
教室を出たらすぐに声をかけられる。
「や、山瀬さん!!」
「あ。高橋君!」
高橋くんはあたしと同じ委員会の子。
クラスは違うけど、顔を合わせれば話す間柄。
「あのさ、今度一緒にライブ行かない?」
とチケットを見せてくれた。
「わぁぁ!!このライブのチケット手に入らないヤツだぁ!!
凄いじゃん!!いいなぁ♪」
「行こうよ×2!!」
「…あ…「ごめんな?コイツ、夏休みは俺としか過ごさないから♪」
奏があたしの肩を引き寄せて言った。
高橋君は呆然としていた。
「行くぞ!千秋!!」
「ご、ごめんね!!」
あたしは高橋君にペコッと頭を下げて、奏について行った。