「はぁぁ…。ホント憂鬱…」
壁にかかった真新しいブレザー見ながら、無意識にパソコンを立ち上げる。
あたし−。
山瀬千秋は、高校入学式を明後日に控えた女の子。
普通なら、高校生になれるって、嬉しくて嬉しくて仕方ない…はずなんだろうけど。
あたしは違った。
だって。
中2の4月から付き合ってる彼と別々の高校になったから…
せめて学校が近かったらなぁ…。
「地下鉄だと…いち…に…さん………8駅かぁ」
カチカチとマウスいじって、ネットマップでお互いの学校を行き来する。
たまに範囲拡げ過ぎて、とんでもない場所に飛んでしまったりして、ププッと笑う。
まぁ。
せめてもの救いは、乗る駅が同じって事と。
彼が男子校だって事。
ちなみにあたしは共学なんだけど。
「はぁぁぁぁ…」
ため息しか出ないよ。
−…ブブブッブブブッ…−
「っあ!!」
机の上の携帯が震えて、
パッと掴む。
Mailを知らせるイルミネーションがピンクに点滅。
「雷太だ!!」
Mailを開くと、明日の確認の内容だった。
[オス!明日朝10時に千秋ん家迎えに行くわ!遅れないよ〜に!]
一通り連絡のみの文章読んで、いつものようにカーソルを下に下にと移す。
[千秋大好きだよ!]
いつもの事なんだけど、こういう小細工がたまらないんだよね。
だからあたしも、
[うん!わかったょ!]
…の後に改行しまくってから、
[私も大好き!]と付け加える。
雷太とは、中一の時に同じクラスだった。
彼はサッカー部、あたしは陸上部。
サッカー部だし、背も高いし、綺麗な顔だし。
結構ファンがいて「カッコイイなぁ」くらいにしか思ってなかったんだけど、
たまたま部活合同でシティマラソンに出たのがきっかけで、仲良くなった。
それから…
雷太に告白されて付き合う事になった。
付き合うって言っても、休み時間に廊下でお喋りしたり、一緒に帰ったり…
たまに遊園地に行ったり…
…と。
健全な中学生らしい付き合い方。
あ。
手は繋いだかな。
あ。
キスもしたかな。
チュッてヤツ。
それ以上はナシ。
「高校生になったら」って二人で決めてるから。
そんな雷太と明日はデート。
髪型変えた事、なんて言うかなぁ。
明日は、何着て行こう…
あたしは、さっきの憂鬱なんて吹っ飛んじゃってた。
次の日。
あたしは、いつも以上に早起きして準備。
鏡チェック何回目だろ…
背中まであるフワフワな髪の毛にワックスをもみこんで、全体のバランス見ながら、逆毛たり…。
いつも思うんだ。
前髪って重要だよね。
前髪を斜めに流してピンで留めてみたり、まっすぐ下ろしてみたり。
何か違う…
そんなふうに前髪で苦戦してた時
−ブブブッブブブッ−
ピンクのイルミネーション。
「うわっっ雷太!!」
時計は10時ぴったり。
結局前髪は斜めにながして、あたしは玄関に向かった。
ドアを開けると、
目の前には雷太。
可愛いグリーン系のチェックのシャツの中にヒステリックな女の人のプリントのシャツ…にデニム。
あたしの登場に気付いた雷太は、ニッコリ笑った。
「おはよ!」
「…はよ…」
雷太はあたしの顔見て固まった…
「ま、前髪おかしいとか思ってるんでしょ!?」
わざとらしく、プイっとしてみる。
「違う違う!千秋めちゃ可愛い!!どしたの髪!?」
雷太はそう言いながらあたしの髪の毛を指でクルクルしだした。
「可愛い??昨日パーマかけてきたの!高校デビューしちゃおっかなぁって思って!」
「すげぇ可愛いって!」
雷太は髪の毛をクルクルしながらすごく喜んでくれた。
「さぁて。とりあえず。服見にいこ〜ぜ!」
「うん!あとでプリクラ撮ろ!!」
あたしは差し出された雷太の左手をゆっくり掴んだ。
あたしたちは、ショッピングしたり、プリクラ撮ったり、ファストフードでランチしたり…といつものように過ごした。
気が付けば18時。
二人で帰り道を歩いてた。
雷太と過ごす時間は、ホントに早く過ぎる気がするなぁ。
高校始まったら、こんなふうにデート出来無くなったりして…
あたしは繋がれた雷太の手を見ながら、頭をブンブン横に振る。
「おいっ!どした?千秋!?」
雷太は繋いだ手をちょっと上にあげて、あたしの顔を覗いた。
いきなり頭振るんだもん、ビックリするよね。
あたしはまた繋がれた手に目をやってギュッと力を入れた。
「…ん。あたしたち高校別々じゃん?だから、嫌だなぁって思って…」
「…そだな…。どんな生活になるんだろな…」
「雷太は男子校だけど、通学途中とかに女の子に声掛けられるかもしれない…雷太モテるもん…」
雷太はあたしの顔を覗きこんで
「ハハハっ!ないない!!ってか、俺の方が心配だって!
千秋、共学だし…パーマかけちゃったりして可愛くなってるし…絶対、訳わかんない男が近付いてくるって…。堪えるかな…俺」
「そんなのぜったいぜったいない!!だってあたしは雷太だけだもん♪」
あたしは雷太に向き合うように前に出て言った。
「ま。俺たちなら大丈夫だな!」
雷太はニカッと笑った。
「あ!ちょっと公園寄ってこ〜ぜ!」
「うん!まだ帰りたくないしね♪」
あたしたちは家の近所の公園のベンチに座って、今日撮ったプリクラを見ながら、いろいろな話をした。
ふと、右に座る雷太を見ると、とても優しい顔であたしを見ていた。
「なに?」
「…ん?俺視力おちたんかなぁ…千秋がめちゃくちゃ可愛く見えるわ…」
「なにそれ〜!?」
「プッ!嘘×2!千秋は前から可愛いよ♪」
「当然でし…」
チュッ
不意打ちのキス。
そのままおでことおでこをくっつけて、雷太はゆっくりと言う。
「なぁ千秋。高校違うけど、俺たちなら絶対大丈夫だから。」
「…うん。わかってる…」
雷太は続けて言う。
「…でさ。俺達……」
「…なに?」
「ぅん−。俺達さ…」
「うん?」
「明日から高校生じゃん?」
「うんうん」
「…うん。だから…」
「だからなに?」
「…んあぁ!!もぉ!!千秋っ!!!!」
「ッハ、ハイ?!」
「…キス以上…したいなぁ…なんて思ったりなんかして…」
「……」
「今すぐ…とかじゃなくて!ほら!少しずつって言うか…」
「ップ!」
あたしは、雷太が真っ赤になってる姿が可笑しくて吹き出した。
「千秋!?」
「だって雷太顔真っ赤〜!!」
「しゃ〜ね〜じゃん!!なかなか言いづらいんだし!笑うなって!」
「ゴメン×2!」
「……。」
アレ?怒った?
「ら〜いた♪機嫌直し…」
雷太に抱き着こうとした瞬間、あたしは雷太に抱きしめられた。
雷太のドキドキが直接響いてくる…
「聞いて、千秋。」
「…うん」
「俺ね、千秋としたい」
「…うん」
「知識だけはあるんだけど…初めての時はやっぱよくわかんなくなると思う。でも、千秋だから…したくて。それ…わかって?」
「うん。あたしも、怖いけど、雷太だから大丈夫だと思うの。」
「ホント?」
「うん、ホント」
「…よかったぁ!なぁ千秋!すげぇチュウしたい!!」
「プッ!どうぞ×2♪」
あたしはわざと唇をウ〜って尖らせて目をとじた。
雷太の唇がチュッと触れて、離れた後にまた唇が触れて、唇を割って入ってきた。
「!!!!!!」
思わず目を開けた先には、いつもと違う雷太の眼差しがあった。
長い長いキス。
初めての大人のキス。
雷太…あんな男っぽい目するなんて…
「さて!帰るかっ!続きはまた今度♪」
雷太は照れ隠しなのか、顔をあわせないまま立ち上がった。
あたしは。
よくわかんないけど。
立ち上がって、雷太を後ろから抱きしめた。
ホントよくわかんないけど…
雷太の背中におでこをくっつけて言った。
「…雷太…今からしよっか…」
−バタンっ−
あたしは家に帰ってから自分の部屋に直行した。
部屋に入ってドアを後ろ手にしめて、背中をドアにぴったりつけたまま、そのままペタンと座った。
「ふぅ…」
頭の中は真っ白…身体全体が自分のモノではないような感覚。
生理痛に似た鈍痛がとてもリアルだった。
「…やっちゃった…」
そう口にした瞬間、急に心臓のドキドキが喉から耳から響いた。
でも、「ナプキン持っててよかったぁ」なんて冷静な自分もいたりする。
あたしたちはあの後、雷太の家に向かった。
雷太の家族がいたから余計に緊張したけど…
雷太がとても優しくて、男らしくて…
あたしは雷太にしがみつくしかできなかった。
あ。
お母さんが一階から何か言ってる。
「ご飯…かな」
でも、今はお母さんの顔がまともに見れないや…
「あ。雷太にMailしなきゃ」
あたしは携帯のMail画面を開いた。
受信Mail1通…
開くと雷太だった。
[千秋。なんかゴメンな。身体大丈夫か?
でもめちゃ嬉しかったよ!ずっと一緒にいような!]
そのまま下にカーソルを移す。
[大好きだよ!千秋!!]
雷太…
あたしはすぐに返信した。
[あたしも嬉しかったよ!ずっと一緒にいようね!大好き、雷太]
あたしは雷太とそうなった事を後悔してない。
時期は早かったのかもしれないけど…
雷太と離れちゃうのが嫌で、怖くて…
何か二人だけの確かなモノが欲しかったのかも。
「なんかヒリヒリしてきた…」
あたしはそのままベッドで眠りにおちた。