「ねぇ」

「ん?」

「私、北海道とかオーストラリアは行かなくていいよ」

「どうして?」

「美味しい飴は今日食べたから。今日の飴が1番美味しかったよ」



彼女の使う言葉に不安を抱きつつ、
それを取り払うように
さっきよりも力を込めて彼女の手を握った。



「うん…」

「ね、この世から飴が消えたらどうする?」

「え?」

「私は、どうするのかな…」


次は彼女が手を強く握ってきた。
渾身の力のような握り方だった。



「……ほら、飴がなくなるなんてないから。だって、飴の力は…」



僕がそう言っても彼女は向こうをむいたままで僕の方を見てくれない。



「千佐…?」



彼女の肩が小刻みに震えている。
抱き締めようと手を伸ばした時、
彼女がこっちを向いた。





でも、彼女の瞳には涙なんて浮かんではいなかった。



擦ったあとのある赤い瞳で彼女は笑った。



多分、今日最高の笑顔で。



「ごめん、ごめん……
"偉大だ"だよね」


「…そうだよ。"飴の力は偉大だ"だよ」


「じゃあ、圭くんの力もね」


彼女はこの前のように
ベッド越しに僕の腰に手を回して抱きついてきた。



彼女の背中をゆっくりてさすった。




白い床に琥珀色の飴の欠片が少し散らばっていた。
でも、割れた欠片の飴は
透き通って光ってはくれなかった。




僕の着ていた灰色のパーカーには
彼女が顔を伏せたあたりに
涙の跡がうっすらと残っていた。