「鵺、これ……どういうこと?」
鵺は床を拭く手を止めて立ち上がった。
「……本当は鈴に隠すつもりだった」
目の前でちゃんと言ってくれたあたしの名前がどうしようもなく切なく感じる。
「今日の夜、ここを出て行く」
「……え?」
聞き間違った。いや、そうであってほしいと思った。
頭も背景も真っ白になって次第に色褪せていく。
今夜という急すぎる事実にいろんな感情が先走る。
「……湊から昔の話、聞いただろう」
あたしは何も考えずに頷く。
「昔から跡を継がせようとした両親を、好きになれなかった。だから家出して、この店を持った」
鵺は淡々と話す。それでも真剣にあたしの目を見ていた。
「けど死の淵に立たされて本当にこのままでいいのかって思った」