Magic Rose-紅い薔薇の少女-



「ひが、し……」

なんてこと……。

「そうですわ。我がカルタス家は東の国、ベリアザ国の首都、アイラビア一の貴族ですの。
王族との繋がりもありましてよ」

私は、大変なことを…………。
取り返しがつかないことを……。

「アイラビア一の……?」

「そうですわよ。
貴女が六歳の頃、聞いたことがないかしら?」

私は、昔……そう九年前
お母様から聞いた話を思い出した。

『アイラビアの貴族の方が、ローズの噂を聞いたらしく……人目会いたいって。
年上だけれど、将来は一人息子の嫁にどうかって』

まさか、それって

「あら、何か心当たりが?」

「九年前の、私をくれと言っていた貴族の方って……」

「あらぁ、ここは九年後なんですの?
まぁ、でもそうですわ、カルタスでしたわ」

引っかかる言葉が一つ。
この子、時間がわかってないの……?



「なん、で……」

「あら?何故ワタクシが時間をわかってないかが気になるんですの?」

だってそうじゃないの……。
魔法が関係しているの?

「ワタクシ、この時間軸の人間じゃないんですの」

「この時間軸の人間じゃ、ない?」

「とぉっても窮屈な時間(とき)の狭間に落とされて、ワタクシ達は、数年後の姿まで成長しましたの。
でも時間の狭間に時間軸なんてものはありませんの
まぁ、時間の狭間については貴女一番ご存知でしょうけれど」

私が、一番?

「なんですの貴女。時間の狭間も知らないんですの?
……なら思い違い、いやでもお兄様の判断ミスなんてありえませんわ」

ブツブツと何かを整理しているようだけれど……お兄様?

「貴女、一人じゃなかったの?」

「先程、ワタクシ達と言ったように時間の狭間に落とされたのはお兄様もですわ!
全ては貴女のせい!どんなに苦しかったか!
復讐してやりますわ!」

怒鳴るだけ怒鳴って消えてしまった。



エクセディが消えてしまった後、私は座り込んだ。
立てなかった。

私はやってしまった、大変なことを。

皆に会わせる顔がないわ。

「……っ」

私は声を押し殺し、泣いていた。

私は敵の復活に手をかしてしまった。

おば様の敵は、私の敵でもある。
カルタスは聞いたことがあったのに、気がつかなかったなんて……。

落ち着いた足音と、小さな小走りの様な足音が聞こえてきた。

大好きな人達の、足音。

「レディ?」

嗚呼、会ってしまったわ。

「帰らぬのか?」

おば様、ごめんなさい。

「違うの、帰れないの……
私は、エクセディの、カルタスの復活に……」

私は罪悪感一杯でその言葉をようやく絞り出した。
しかし、おば様は私を責めなかった。

「そうか、ついに来たか」

それだった。



「大丈夫だ」

シャルディはそう言ってくれたけど
私の不安と罪悪感はそれではおさまりきらない。

だって敵を復活させてしまった事実に何ら変わりはないんだから。

それでもその優しさが暖かかった。
涙がブワッと溢れ出す。
もう止められない。

「うわあぁぁん!」

「レディ、此処はお前の居場所だ。
お前は私達の家族なんだからな」

そう言って、おば様は私を後ろから優しく抱き締めた。

嗚呼、何て暖かいんだろう。

「それでもおば様、私の罪悪感は減りません」

「それならば埋め合わせはどうだい?」

「埋め合わせ?」

「ああ、“此処”にずっと居ることだよ、レディ」

「お、おば、おば様ぁぁ!」

私は泣きじゃくりながらおば様を抱き締め返した。
愛されてる。
私は愛されてるんだ。



それから二人と一匹、仲良く家に帰った。

その夜私はベッドに寝転び、考えていた。

今日は色々あったな、と。


市場に行って、
あぁ、とーっても楽しかったわ。
あんなに不思議な物を沢山見たのは初めて。

確かにおば様は魔法使いだから家で魔法を見るなんて日常茶飯事だけど
外の世界にはあんな面白いもので溢れかえっているのね。


そしてカルタスの復活。
様々な単語を言われ、私は理解出来なかった。
私は魔女じゃない。魔力なんてないから
そちらの世界を知らない。

――『“此処”にずっと居ることだよ』

おば様はそれでもいいと、言ってくれた。


窓から覗く空を見る。

「満月……」

星たちは月明かりに消され、よく見えない。
そんな空も嫌いじゃない。

「時間(とき)の狭間」



……私を呼ぶのは、ダレ?


   ―第三章‐覚醒?―

「んーっ」

今日も相変わらず気持ちの良い朝ねー!

「レディ?」

「ああ、もう、いきなり入ってこないで……吃驚するじゃないの」

しかし、シャルディは私の言葉を聞いていなかったのか、私の格好に突っ込んできた。

「どういう格好をしてるんだ!!」

「どうって、こういう格好よ?」

私はその時、机に片足(膝)を乗せ、窓から外の風に当たっていた。
うん、今日の風は中々爽やかね!

「女の子がはしたないだろう!」

「……いいのだよ」

シャルディは驚いたような表情を一瞬見せたが、私にそれの意味がわからない。

だって私、女の子がはしたないに、
“何も言ってないのだから”。

「レディ、下に来てくれないか」

下に行こうと私は窓を閉めた。

嗚呼、また“あの声”が聞こえる。



いつからだろうか、私は不思議な声が聞こえていた。
私にだけ……。


アナタの名前は……?

――私の名前は……

私を呼んでいたのはアナタ?

――アナタを呼んでいたのは私?


「レディ!」

誰かに呼ばれて我にかえる。

此処は、私の部屋……。
私今……。

「シル、バー……?」

「何してたんだ!」

「誰かが、呼んでいるのよ。」

「相手にしてはいけない」

シルバー、貴方は何故そんなに必死になっているの?

「でも……」

「まだわからないのか!」

シルバーが、怒鳴る。
今までにないくらい、怒鳴る。
必死なんだ。何かに……。
でも私にそれはわからない。

そう、わからないの。

「そのまま相手を続けると、お前は身を完全に支配されるんだぞ!!」

知らないわよ、そんなこと……。

だって私、魔女じゃないもの。



一気に捲し立てからか、シルバーは呼吸が荒い。


「それでも、構わないと、言うのならば……俺はもう知らないからな」

そのままシルバーは消え去っていった。

本気で彼は怒っていた。

――『ちっ、しくった、後少しだったのに……
やりづらくなったじゃないか』

でも私、理由を言ってもらわないとわからないのよ。
アナタ達の世界の事は知らないんだから。

刹那、私に衝撃が走った。
私だけに……。

頭が痛い……。

私はうずくまる。

怖い怖いコワいコワイ……。

ガタガタと身体が震え出す。

頭に、映像が流れ出す。
私は見たことない、なのに、記憶のように流れ出すんだ。

「やっ、嫌……」

迫り来る誰かの手……。
血が垂れる。

ソレは誰の?

「あっ、い、嫌……」



ザシュッ
その音と共に赤く染まる。
赤く赤く、赤黒く……血の色に。

女の子、赤く、染まった女の子。
ひとりぼっちで、倒れてる。

――ちいさな ちいさな おんなのこ

歌……歌が聞こえるわ。

――だいすきな あにと はなればなれ

血塗れの二つ結びの可愛らしい女の子、
この子の歌なのかしら?

――ちいさな ちいさな おんなのこ
  まだまだ ちいさいのに



  ころされたぁ

「いやあああぁぁぁぁ!!!」

静かな私の部屋に私の叫び声が木霊する。

「嫌よ、嫌ぁ、来ないでぇぇ!!」

泣き叫ぶ私を誰かが包み込む。
暖かい誰か。

私はこの人を知っているわ。

さっきまで一緒にいた。
戻ってきてくれた。

「……だから、言っただろう」