Magic Rose-紅い薔薇の少女-



「それでも嫌なら死ぬまでだ。生きるか死ぬかしかないのだから」


いきるか、しぬか


いつの間にか雨も止み、風が二人の間を通り過ぎて行った。


「いきる」

しばらくの沈黙の後、ローズは答えた。

「名前なんて……しょせん名前!もういいや!」

「そうか」

エルザはローズに手をかざした。


な、何!?


そして何か呪文を唱えると、手からポウッと金色の光が出てきた。


まほう!?
いしきが……
けっきょくころされるの?


ローズは意識を手放した。

「悪いな、こうする方が楽なんだ」

そう呟き、空を見上げた。
雲の切れ間から月が見える。

「サラ、守れなくてごめん」

エルザは悔しそうな顔をする。

「エルザ様、アレは事故でした」

「だが私のせいだ」



まっくら……。ここは?


その頃ローズは夢の中をさ迷っていた。

突然目の前にフワリと真っ白な羽とともに一人の少女が舞い降りてきた。

「あなた、は?」


赤い目に、まっしろな羽。
まるでてんし……


少女は真っ白な羽に、茶髪、まだ幼いが充分天使に見える。

「私はサラ・ヘルシオン」

「ヘルシオン?」


ってことはこの人……。


「そう、エルザ・ヘルシオンの娘。
そして六年前に私は死んだの」

それまで笑顔だったサラの表情は一気に固くなった。

「死んだ。というより殺された、かしら?」

そしてまた笑顔に戻る。

「事故死にみせかけてね」

フッと笑うサラとは対照的にローズの表情は固かった。

「じこ、し?」

「そう事故死――……」



「魔獣に襲われたと見せかけてね」

“魔獣は操られていた。だから悪くない”
そう付け加えた。

「ヘルシオンだから狙われた
本当だったら12歳。
もっと、生きたかったのに……っ」

サラは遂に泣き出した。
まだ12歳の少女はローズと同じ歳の時に殺されたのだから。

ローズは何故そうしたかはわからないがサラを抱き締めた。

「わたし、サラさんのことよく知らないけど
会えてよかった。心のそこからそう思う。
不思議だよね」

ぎゅうっと抱きしめるローズにサラは自然と笑顔になった。

「ありがとう。貴女は本当に優しい子ね」

「やさしくなんて!」

サラはローズを抱き締め返した。

「貴女、本当に優しい。まるで私の妹みたい。」

そう言ってサラが光に包まれた。

「サラさん!?」

「サラで良い。また会える日を待ってるわ」

それだけ言い残し、サラは消えていった。



「ん……」

目を覚ますとローズは見慣れない部屋にいた。


あれ?ここは……?
あ、わたし、生きてる……。


「目を覚ましたか」

「エルザさん」

「手荒な真似して悪かったね」

「いや、そんな……」

エルザは部屋をぐるりと見渡し、再びローズの方を向いた。

「ここは私の家だ。ここに残りたいか?」

その問いかけにローズは迷わず答えた。

「のこりたいです」

殺されなかったことに安心し、気づけばそう答えていた。

エルザはニッコリ微笑んだ。

「ローズ、いや、お前はこれから“レディ”だ」


レディ、それはわたしのあたらしい名前。

エルザさんは自分のことを“おばさま”そうよばせた。

たまに出入りする、あの黒いローブのおばさまの弟子に
愛猫シャルディ。

あれから九年。
私はもうすぐ16歳になります。



   ―第二章‐平和な日々―

私はあの日、目が覚めた部屋を自室として貰った。

ふと振り返る。

「あら、シャルディ。いたのね」

「全く、失礼なやつだ」

「何よ、音もなく背後にいるのが悪いんじゃないの」

「気配を感じ取れないお前が悪い」

うっ……。

私は息詰まった。

痛い所をつつかれた。

「し、知らないわ!」

自分でもおかしいとは思うが、とにかく馬鹿にされたのが気にくわなかったため、そっぽを向いた。

「な!……はぁ」

シャルディから漏れたため息に私は焦った。

「う、嘘よ嘘!」

じーっと見つめられ何も言えなくなる。

私は
話題を反らせば……。
と、考えた。

「ところでおば様は?」

「エルザ様は忙しいのだ。兎に角」

「小鳥さんコンニチハ!」

「ぅおい!」



あ、そうだわ!

「シャルディ、一緒に木苺を摘みに行かない?」

「ダメだ」

シャルディの反対に頬っぺたをプクーと膨らませる。

「ちょっと位いいじゃない!それに息抜きしないと私、死んじゃうんだから!」

シャルディはその言葉に暫く固まった。

だって私に死なれたら困るのだから。
まずおば様に殺されるわね。

それに、何故かシャルディは過保護だし。
だからきっと私が死んだら彼は魂が逝ってしまう筈。

「レディには敵わないな」

シャルディは大人しく折れた。

「やったぁ、シャルディ大好きよ!」

「な!」

「おじいちゃんでも好きよ!」

だって9年前は既に大人だった。
最低でも10歳位の筈。

「おじっ!?レディ!何度言ったら分かるのだ!使い魔は歳をとるのが遅いと!
まだこれでも青ね……ってもういない!?」

私は長くなりそうだったからシャルディを置いてサッサと出ていった。



「んーっ!やっぱり外は気持ちいいわねー」

とことこ歩いていると後ろからシャルディが追い付いてきた。

「レディ!置いていくなんて!
だいたいレディはなぁ……」

またシャルディのお説教タイム?
もうやんなっちゃう。

あ、ココ、ココ。

ってあらまーシャルディ私が止まったの気づいてないわ。
一人説教しながら進んでく。

あ、気づいた。
来た来た。

「お、おま!気づいてたんなら……」

「さっ、さっさと摘んで帰りましょっ、小ウルサイ説教は後々」

「う、ウルサイとはな、何だ!」


私はそれから暫く、
木苺を摘んでカゴに入れる作業を淡々とやっていた。

暫く経った頃、シャルディが口を開いた。

「少し向こうに行ってくるが」

「私も行く?」

「ここにいてくれ」

それだけ言うと、シャルディは茂みの中に消えた。



シャルディの姿が完全に見えなくなるのを確認し、再び作業に戻った。


あら?この感じ……。

サァァと風が吹き、渦を巻く。
その様子を私は静かに見守っていた。

「久しぶりね」

そう声をかけた先には黒いローブの男が立っていた。

「最近見かけなかったわね?」

「極秘任務だ」

私は何故かその
“極秘任務”の内容なんかよりもずっと
“彼の名前”の方が気になった。

「ねぇ、貴方の名前は?」

「シルバー・ハウエル」

彼は無口な方だと思う。
いつも必要最低限の事しか話さない。

一緒にいても会話はないけど、何故だかすごく落ち着く。
そんな雰囲気の持ち主だった。

「素敵な名前ね」

シルバー・ハウエル、ね。

「そうか?」

「うん、私その名前好きよ?」



「そうか……なぁ、“サラ”を知ってるか?」

彼が、自分からこんな風に他愛もないような話を始めるのを見るのは初めてだった。

「サラ?」

サラってあの時の……?

「サラ・ヘルシオン。おば様の娘で15年前魔獣に殺された。生きていたら、そう……22歳ってとこかしら?」

「ああ、そうだ。
アイツはヘルシオンの後継者だった。」

頭を抱えるシルバー。

こんな弱々しい彼初めて。
そんなに酷かったの?

もしかしてシルバーってサラの事……。

「処でレディ、西の反対は何だと思う?」

「東……?」

「そうだ」

凄く単純で、難しい問題。
西のヘルシオンと、東のもう一つの魔法使いの家系。

前におば様からチラリと聞いた話ね。

「西は知っての通り、ヘルシオン。
そして東は……」