Magic Rose-紅い薔薇の少女-



「確かに寂しいわ、けどね万里。
私達は家族なの。永遠の別れではないのよ?」

「そうよ万里」

杏里さんは笑顔だった。

「これは一時的なものよ。一瞬の別れ」

今度は雷さんが口を開いた。

「それに、これはチャンスだ」

「チャンス?」

「“不幸をよぶ黒狐”がこの世界を救ったとなればいいじゃないか。汚名返上だ」

「そう、だね……。千里姉様、いってらっしゃい!」

今度は、笑顔だった。

本当は皆怖い筈。
怖いよ、行かないで、離れたくないって
叫びたい筈。
怯えてるんだ。

だから……

「大丈夫、大丈夫だから」

私が……

「皆が想像してるような事にはならない!なる筈がない!
だから、安心して頂戴?」

皆の為にも……頑張らなくては!

「千里」

「兄、ちゃん?」

「また、途中で会おうよな」

「はいっ!!」

そうして私達は新たな旅への一歩を踏み出した。


  ――第八章‐ただいま――

私たちが最初にたどり着いた先は、泉だった。
あの、水仙の泉にそっくりな。
ただ少し違うのが全て反転している。

まるで、鏡みたいに。


そこに、真っ黒な神子がいた。

「……水仙」

長い黒髪を揺らし、きれいな顔は月に照らされていた。

見惚れてしまうほど、それは綺麗だった。

とっさにシルバーを私を庇うようにして前に躍り出た。

「フィレンツェは……」

ゴクリと唾を飲み込む。

「もう、この世界にはいない」

ピクリと動いたシルバーを征して私は問いかけた。

「いないってどういう事なの?」

「言葉通りですよ。
つまり最終戦争は“むこう”の世界で行われることを意味します」

淡々と言ってのける水仙。

「お前っ……」

「シルバー、いい。落ち着いて?」

「チッ」

「終わらせてください」

水仙は悲しそうに微笑んだ。

水仙、貴方……。

「ねぇ、どうして?貴方は私達の敵の筈……。なんでここまで良くしてくれるの?
貴方の瞳は、敵の目じゃないの」



「最初から私はコノコトには反対だったんですよ?
しかし、これは私の最愛の友人の願いでしたから、受け入れないわけにはいかないでしょう?
それに……」

最愛の友人、それはサラの、お姉様の、コトですか?

「私はどうやら君に惚れてしまったらしいですし。
サラの言う通りになってしまいましたねー」

私の後ろで千里はキャーと赤面して、シルバーはウヘッとか言っている。


惚れて?え、え……?
惚れ……って

「ほっ!?」

ボッと私の顔が赤く染まる。

ギロリとシルバーは水仙を睨んだ。

「ふぅ……ゲートは開きましたよ」

まだ赤面して、恥ずかしさのあまりに口元を手で押さえていると、シルバーがその手を取ってきた。

シルバー?
なんだか貴方の顔も……。

そしてそのまま私の手を引き、ゲートに向かった。



「時間の止まった少年と、
時間を止めた少年、か……」

フィレンツェはクスクス笑った。

「番人サマはソレを知ったらどう思うのかね……」


――――

「水仙、礼を言う」

そうしてシルバー様と、番人様はゲートの中へ消えていった。

「番人様……」

どうかご無事で……。

「行かないのですか?
ゲート、閉じちゃいますよ?」

「フフッ、そんなの“ゲートの管理人”の貴方にならわかりきってる事じゃないの?」

「……です」

「……さりげなく略さないでよ」

狐(わたし)に、このゲートは通れない。
私達にはその資格がない、持っていないのだから。

「あれ?千里さん、何処へ行くんですか?」

「狐(べつ)ルートで向こうの世界へ、ね
私はたとえ、自分が消えようと、関係ない
番人様を命がけでお守りする。
それが狐(わたし)の使命だから……」

「(使命、ね……)」



『千里』

『かあさま?なんですか?』

優しい、かあさまの笑顔。

『いい?貴女は将来、番人様を命をかけてお守りするのよ』

『ばんにんさま?』

『きっと私達家族の中で最も番人様に近い存在になるわ』


ぽろっと涙がこぼれ落ちた。
今は亡き、愛する私のかあさま。

「か、あさ……ま」

会いたい、会いたい!
杏子姉様、杏里姉様、雷兄様、万里……


響堵兄ちゃん。

会いたい、会いたいよぉ……!


かあさま、かあさま、会いたいです。
貴女の優しい笑顔が、再び見たいです。
また、その暖かい手で、私を優しく抱き締めてほしいです。

貴女のその手が、恋しいです。

「このままだと、ローズは……」

水仙が重々しく口を開く。

「扉(ゲート)から出られなくなってしまいますね……」

辛そうに顔を歪める水仙。

「“しまいますね”じゃないわよ!」


「大丈夫です、サラがいます」



私は、真っ暗闇の中を歩いていた。

あれだけしっかりと捕まれていた手も、離れてひとりぼっち。


出口がわからない。
いや、それ以前に右も左も、前もうしろもわからない。

そう、何にもわからない……。


私はしばらくウロウロしていた。


ん?気配……。

何かの気配に気づいたときには
時すでに遅し。

「あっ」

手が、延びてきた。


ただの手。
手、手、手、手…………

子供の手、女の人の手、男の人の手、血まみれの手……
たくさんの、色々な手が、私に襲いかかってくる。

恐怖。

「いやあぁぁぁぁ!!」

どうすることもできなかった。
何故だか、魔法が、使えない。

怖さあまり?それともこの空間では使えないの?
どちらにせよ、今の私は……。


刹那、私に襲いかかってきていた手が消えて行く。

そして、フワリと羽が、光が、私のもとへ、舞い降りてきた。




「助けに来たよ、ローズ」

「サラ 」

ニコリと微笑む彼女は大人になっていた。

「吃驚した?それとも驚いた?」

「どっちも同じじゃ……」

「ふふっ、本来なら私、22歳だものね!
こっちの方が自然じゃない?」

黒い羽根があの時の悲劇を物語る。
胸が痛くなる。

ごめんなさい、ごめんなさいって。

「やだ、ローズったらそんな顔しないで?
貴女は何にも悪くない
と、言うか私はもう死んじゃってるんだからむしろこの方がよかったの」

それでも私は後悔してるんだ。

「ローズ、お母様を一人にしないで?
その為にも貴女は生きて帰らなくちゃ行けないの」

お母様を……?
私ったらお母様を一人のするところだった!

「大丈夫、私が」

――この孤独の世界から連れ出してあげるから。

「そのかわり“フィル”にこれを」

「フィルって……」

何処にいるの?

「耳を貸して」

そしてサラが名前を口にする。

「わかった」

――私の、愛しい妹。
永久に、さよなら。



最後に見た、お姉様の顔は涙で滲んでよく見えなかった。



「ローズ!」

目を開ければ視界いっぱいに広がるシルバーの顔。

――永久に

もう、会えない……。

「ローズ、シルバー」

「おばっ……お母様」

なんだかとても懐かしくて……

「おかえり」

「うわぁぁぁん!」

泣きじゃくる私をお母様は優しく抱き締めてくれた。

「ごめ、ごめんなさいっ、サラを、お姉様を……助けることが出来なかった!」

私にしか、出来ないことだったのに。

「私しか、いなかったのに……」

「リリス」

シルバーの口から飛び出した、シルバーの妹の名。

「そうだろう?
後悔するような事は一つもない」

シルバーは私の頭を撫でてくれた。

「あり、がとう……皆、ありがとう……」

私は、この優しさに支えられて来たんだ。

ここに居てはいけないのかと悩んだ事もあった。
幸せが恐い時もあった。

それでも一緒にいたいと思った。

だから、私は……

戦うわ!!

いざ、カルタスの城へ!!



「いってらっしゃい」

去っていく娘の背中に声をかける。

私の横に幻影が現れた。

――「意外、すんなりいったのねー」

「ローリエ……」

こいつには色々助けられたものだな。

「ローズの力となるのだ。
お前はあの子に恩を返さねばならぬ」

――「ええ」

「何かあった時には、お前があの子を止めてやってくれ」

――「はい!」


ニッコリと返事をするローリエ。
随分と変わったものだ。

「それでは行け」

――「はい」

ローズ、お前は未知だ。
魔力も、人を引き付けるその特別な、何かも。

絶対にカルタスになんぞ勝利の座は渡さない。

光の魔法使いの一族としての名誉を。
一代目からの恨み、憎しみを。

全て……ローズ、お前が変えるのだ。


神に愛された子よ。
どうか、お前が世界に幸せをもたらすことを……。