Magic Rose-紅い薔薇の少女-



「後継、者……ね」

私には、その言葉がとても重いわ。

「眠ってもよろしいですよ」

「ううん、もうたっぷり寝たから……」

ヘルシオン家の後継者……。


「番人様、門が見えてきましたよ」

門……?
あ、本当……。

狐は門の前で止まった。

「狐……?」

「私は此処からは行けません」

取りあえず、私は狐の背中から降りた。

「いけないって、どういうこと?」

「此処は“あの方”の記憶なのです」

あの方?

「“あの方”が認めた人のみが入れるのですよ」

「あの方って何なの?
何故貴女を認めないの?」

あの方とか、あの子とか、皆、何を言っているのか……。

「いいのですよ、これは私の定め……決まり事なのです」

定めとか、決まり事とか……そんなの……。



「ただ一つ、忘れないで下さい。
自分だけは見失わないで下さい」

皆、口を揃えて言うんだ。

自分を見失うな、と。

私にはまだ、その意味がわからない。
だけど……

私は狐に抱きついた。
大きなふかふかの体に。

「ええ、忘れないわ……絶対に」

門に向かう私の背中に狐は

「また会えますよ」

そう言った。

涙が浮かんだ。
だけど、それをグイッと拭き、門を潜った。

此処からは、私一人……



門の中に入ると、ソコはまるで別世界だった。

森……見慣れた森。

「一人、怖いわ……」

でも、まずサラを助けないときっと……

シャルディも
シルバーも
ネックレスも
戻っては来ないわ。


ガサッと誰かが出てきた。

女の子。
茶髪のショート。
ワンピースを着て、駆けて行く。



何処に、行くの?
あ、この道はまさか……。

やっぱり…。

…………水仙の泉。

幼い水仙……。
女の子の姿を見つけると忽ち笑顔になった。

『──と?』

『──う────よ』

え?聞こえない……。

少し二人に近づいた。

『へー、ローズかぁ』

え……私?
その赤ちゃんは、私なの?

ここは……サラの記憶?
あの子って……。

そんなことを考えている間に、サラと水仙は消えてしまった。
そう、あの時フィルや家が消えてしまったみたいに。

と、いうことは次の記憶が何処かにある筈だわ。
でも、何処に……。

グラリと空間が歪んだ。
すぐに歪みは元に戻ったが、もう夜になっていた。

水仙が立っている。

『さぁ契約するのです』

女の人だわ。

『私たちカルタスに協力すると誓いなさい』

カルタスですって!?

突然水仙の背後からガサッという音がした。
音がした方を見るとそこにはサラがたっていた。



『サラ!
あ、違う、違うんだ!!』

『何が違うの?
私と契約しようとした、何が違うの?』

『だ、黙れ!!!』

『いやぁよ』

『消えろ!消えろ!!!』

クスリと女の人は嘲笑うように笑うと

『お望み通り』

そう言って消えた。

『わたし、スイセンところにあそびにきたの
スイセン、わたしをころして』

『え……サラ!?出来ないよ!』

サラは、全てを聞いていたんだ。
私が見た所からサラも見ている。

『でもスイセンはわたしをころさないと、ころされるでしょう?』

サラの表情に迷いはない。

『ヘルシオンのこうけいしゃはローズがいる。
だから……』

この時サラは、あの時の私と同じ六歳位の筈……。

『あなたには守るべきものがある。
このいずみと……ローズをよろしくっ』

無邪気に笑うサラ。
それと対照的に水仙は辛そうな顔をする。

『ばいばい』



サラ……サラ…………。

私の愛するお姉様……
貴女は何を想って

『ころして』
そう言いましたか?


空間がグニャリと歪んだ。
気持ち悪い。酔いそうになる。

さっきより長い。

段々空間が形を作っていく。
此処は……家だ。

サラが私を抱いて、歌を歌ってる。

『ローズ、ごめんね……わたしね、しんじゃう』

あの時、水仙の前では見せなかった涙を流す。

『スイセンはきっと、わたしをころしてくれるから……。
でもね、ローズ。きっとお空にはお父さまがいるからへーきなの!』

無理に笑うなんて、私の前ではしなくて良かったのに……。


「……姉様、お姉様」

謝るのは、私……。

『サラは、しあわせでした……』

手を伸ばした。
だけど、私の手は、すり抜けた。

触れられない……。
そう、これは過去。
過ぎ去った記憶。

私にはどうすることもできない……。



また空間が歪んでいく。


ポウッと、月が浮かんでいる。
泉だ。水仙もいる。

『スイセン、きめた?』

『うん、でも私には出来そうにないから闇の力を借りようと思うんだ』

闇の力……。

水仙は手のひらに真っ黒な玉を出した。

きっとアレが闇の力……。

『ごめんね、サラ……』

シュウウウッと彼の中に闇が広がる。

そしてサラに水が襲いかかる。

パシャリと水が滴り落ちる。

『ねぇ、わたしはそんなんじゃころせないよ……“水なんか”でしなない!』

『水なんか?馬鹿にされたもんだな!』

水仙は笑う。
狂ってる。
もう、彼じゃない。優しい彼じゃ……。

さっきより勢いよく水が襲いかかり、サラは投げ飛ばされた。


その衝撃で木に激突。
しかしサラはそれでも立ち上がった。



足元はふらついていて大分辛そうだ。

『あなたの力はそのていどなの!?』

ワナワナと水仙は震えだした。

『黙れえぇぇぇぇぇ!!』

水はたちまち氷に変化した。
そしてそれはサラの元へ。

『あああっ!』

氷は彼女の右目を貫いた。

綺麗な紅い左目からは涙。
右目は……赤黒く、血の色に染まっていた。
そしてソコから血の涙が流れ落ちる。

『スイセ……』

ポロリと水仙の目から涙が零れ落ちた。
自我が戻ってきたよう。

『だめっ……スイセンッ……』

サラは痛い筈なのに……そんなの微塵も見せない。

『心をやみにそめて!!』

『サ、ラ……』

ニコッとサラは微笑んだ。

『~~っ、頭、がっ……』

水仙は頭を押さえた。
まだ幼い二人にこの状況は不似合いだった。



『うっ……ああああああっ!!』

水仙の力が暴走した。

そして、サラの身体を貫いた。

血が滴るサラは立っていられなくなり倒れていった。

『スイセ、ン……』

『サ……』

『あな……は……、っと……』

もうしゃべるのも辛い筈なのに、サラは言葉を一生懸命紡いでいく。

『ローズを……す、きに……』

『サ、サラあぁぁぁぁ!!』

サラはもう、喋ることは無かった。
ピクリとも動かない。

『道は、他にもあったのに、私はサラを…………殺してしまった。』

水仙は消えた。
そこにはサラの遺体だけが取り残された。


サラの死の悲劇……。

魔獣なんて、全て嘘じゃない。

「触れる……」

私はその小さなお姉様の身体を抱き締めた。

私の愛しいお姉様の亡骸。
もう、戻らない。

私の記憶に、生きているお姉様はいない。



「辛かったわね、悲しかったわね、寂しかったわね、痛かったわね……
ごめんなさい」

私だけ生きてしまった。

そして水仙の様にサラは消えた。

所詮記憶。
そう、記憶に過ぎない。


「え……」

ポタリと血が落ちる。

私の右目から、サラの様に血の涙が溢れる。

「嫌っ……嫌だ……嫌ぁ!!」

右目ではもう赤黒い世界しか見えない。
きっと私の右目はあのサラの様になっているんだろうね……。

『貴女はこの記憶干渉しすぎました
だから、この記憶に染まってしまいなさい』

「貴女は誰なの!?」

森に響き渡るその声。

『あら、その内わかる事です。
聞く必要なんか、ないのですよ……?』

「五月蝿いのよ!!」

『あら、そう……それでは待っていますよ。
時間の番人、ローズ・ヘルシオン“様”」