「あー、ヤダヤダ」
 暗い通路を照らすのは、天井からぶら下げられた小さな豆電球だけ。灰色の冷たい壁は寄りかかった彼女の背を冷やすばかりではなく、緑の長髪を細い指でいじりながら何気なく漏らした言葉をいやに大きく響かせた。
「ホント、いくら給料がそこそこ良いからって、“獣舎”の警備員なんてやってらんないわよ」
 隣で腕を組んで佇んでいる黒髪も、この仕事には少なからず不満があるらしく、同意するように愚痴を吐き出した。まあ、それは誰であろうと同じだろう。臭い、汚い、危険、と3Kが揃い踏みする仕事を率先してやろうとする“人間”なんて、あまり多くはないに違いない。それが“獣舎”の警備ともなると尚更だ。
 二人は当番制の警備員なのだが、突然シフトの変更があり、今日が初顔あわせである。しかし、彼女達は仕事への愚痴からすっかりと意気投合してしまっていた。
「大体、劣性種ごとき家畜が私達“人間”と同じ姿をしてる事からして不快だわ」
 ため息混じりにそういった黒髪は不機嫌そうに眉を顰め、同意を求めるように自分より少し背の高い緑髪を見上げた。
「同感。その上そいつらの見張りなんて、もう最悪。言う事きかない奴もいるし」
「そうそう、たまーにいるのよね、生意気なのが。黙って“人間”様の言う事聞いてればいいのよ、従順な労働力らしく」
 そんな黒髪の言葉に髪を三つ編みにしていた緑髪は見慣れた四つの顔が過ぎり、彼女は苛立たしげに手を止めた。いつ思い出してもイライラするあの四人組。不意に芽生えたその不快感を、表に出さずにはいられなかったらしい。
“獣舎”とは、“人間”によって飼育されている家畜──劣性種を労働力として使う工場を指し、彼等は家畜故に“人間”に従順であるよう調整されているはずなのだが、不思議な事にこの四人組は何故か頻繁に問題を起こすのだ。その対処に追われる警備員達にとっては、本当にいい迷惑である。