「そうだったんだぁ。今日はびっくりすることいっぱいだなぁ」
「ありがとうね、真希」
真希に喜んでもらえて、ほんとに心が軽くなったっていうか。
「あたしね、もっと奈央と仲良くなれそうな気がするなぁ。奈央って、学校では普段大人しいしあんまりしゃべらないけどさ。すごい可愛いし、今日話してみたら、意外とおもしろいとこあるしっ(笑)前から仲良くなってみたかったんだよね♪」
そう言った真希は、またえくぼを見せて笑った。
「あたしも、真希ともっと仲良くしたいっ……」
そう思い切って、言ってみたら。
「ふふっ、家も近くなったし。2人の秘密もできちゃったしね〜。部屋が片付いたら、あたしの部屋にも遊びに来てね!」
と言ってあたしに手を振りながら、廊下を歩いていった。
ほんとにいい子なんだなぁ。
改めてそう思ったあたしは、部屋に帰るためにまた階段を上がっていった。
「いい友達持ったな〜」
部屋に帰ると、一番最初に日向がそう言ってくれた。
「うんっ。とにかく、秘密にしてもらえて良かったよ〜。真希じゃなかったらどうなってたか……」
「まぁまぁ。一件落着っつーことで」
「ほんっと、日向って呑気……」
「はいはい♪次からは気をつけますっ」
「ぜひ、そうしてください」
あたしはそう言って日向の背中に寄りかかった。
「どした? つかれた?」
「なんか、いろいろホッとした」
安心してるあたしの顔を見て、日向はあたしをスッと抱き寄せた。
「大丈夫だってば。俺は何が何でも、奈央のそばにいるから」
「日向………」
あたしと日向は見つめ合い……。
「そろそろ仕事の時間だよ………」
「あ………」
ワケアリ夫婦はまだまだ波乱が起きそうな予感です……。
「それでねっ、聞いてよ真希〜……」
「はいはい、落ち着いて奈央。勘違いとかじゃないの〜?」
「ぜーったいあやしいの!!」
真希にあたしたちの関係がバレてから二週間。
唯一、日向のことを話せるのが真希だけってことで、あたしたちはよくお互いの家に行くようになった。
真希はちゃんとあたしたちのことを秘密にしててくれてるし、あたしが困ってることもちゃんと聞いてくれる。
それで、今日も真希の家で悩み事の相談してるんだけど……今日の相談はいつもより深刻だったり………。
「日向くんに限って、浮気なんてさ………」
真希はひじをついてる手の上にあごをのせて、眉をひそめた。
………そう。
もしかしたら、日向が浮気してるかもしれないんです………。
「だってね、ここ最近仕事でもないのに帰りすっごい遅いしさ……」
「何してたの? って聞いてみたら?」
「聞いたらね、なんでもないよって言われて、そのまま何聞いてもごまかされちゃうの……」
そんなことが二週間の中で三回も。
………考えたくないけど、もし日向が浮気してたら、なんて思うと泣きそうで……。
「でね、抱きしめられたときに一瞬、日向じゃない香水の匂いがして………」
たぶん、おんなものの香水………。
こんなにあやしいのに、疑うなっていわれても無理だよ……。
「確かに、そこまでくると怪しいけどさ。あの奈央にぞっこんな日向くんが浮気するなんて……ありえなくない?」
「あたしだって、ありえないと思いたいよ………」
真希の部屋にある大きなクマの人形を、ギュッと抱きしめた。
日向が大好きだから、不安で……不安で仕方なくなる。
「やっぱり、一般人と芸能人の恋なんてむりだったのかなぁ……」
あたしがポツリとつぶやくと、真希がダンっとテーブルを手で叩いた。
「なに弱気なってんの!! まだ浮気って確定したわけじゃないんだからさ。奈央の気持ちもわかるけどさ……日向くんのこと好きなら、信じてあげよ? とにかく、今日ちゃんと聞いてみなよ」
「………真希」
そんな真剣に考えてくれるなんて………。
「真希大好きぃ〜……っ」
「きゃぁあっ、襲われるっ(笑)」
今日、日向が仕事から帰ってきたら、ちゃんと聞いてみよう。
ごまかされても、自分の気持ちちゃんと話そう。
「今日もかぁ……」
真希んちから帰ってきて、夕ご飯を作って待ってると、日向からのメール。
『遅くなる、先寝といて』
「はぁ………」
自然とため息がこぼれて、肩を落とした。
今日のご飯はコロッケだったのにな……日向が帰ってくるころには、冷めちゃうよ………。
テーブルにできたご飯を並べたけど、先に食べてる気にも、寝る気にもなれず。
ただ、ボーっとしながら時間を刻んでいく時計を眺めていた。
「………日向……」
そうポツリとつぶやいた時には、真っ暗な部屋に時計の針の音だけが響いていた。
ガチャ。
静かに玄関の開く音がして、カチッという音と共にリビングに電気がついた。
「わっ、奈央。電気もつけないでどした?」
「……ううん」
こんな時間まで起きてるあたしに少し驚いてる日向は、あたしのそばに来て顔をのぞき込んだ。
「おかえり、日向……」
そんな日向の顔を見てたら、やっぱり浮気してるなんて信じたくなくて。
そばにいたくて。
ちゃんと話さなきゃいけないのに、抱きついてしまった。
日向はそんなあたしの頭を撫でながら。
「先に寝てていいっつったろ? 明日学校なんだから。寝不足は体に悪いよ?」
なんて優しい言葉をかけてくれる。
そんな日向にまたキュンとしちゃうんだけどね。
でも日向…………。
あたしには、してるんだ
あなたの髪から微かに香る
違う香りが………
もう、嫌だよ。
日向が、あたしじゃない人の香りをさせてるなんて。
こうやって、夜帰ってくるのを一人で待ってるなんて。
でも……信じたいから。
日向は隠し事なんてしないって。
浮気なんて………してないって。
「日向……仕事終わるの八時だったよね?」
「……………」
「こんな時間まで………何……してたの?」
日向は、抱きついたままのあたしを離して。
「……なんでもないよ」
目をそらしながら確かにそう言った。
カシャンって。
あたしの心の中で、なにかガラスの割れる音がした。
「俺、シャワーしてくる」
あきらかに様子のおかしいあたしに気づいてるはずなのに……。
そう言うと手を離して、お風呂場へ行ってしまう日向の後ろ姿が霞んで見えた。
「………そっか」
それが、日向の答えなら。
怖がりなあたしには、それ以上聞けないよ………。
あたしはテーブルの上に置いてるすっかり冷めてしまったコロッケを、自分の分だけ取り上げて、キッチンの三角コーナーへ捨てる。
結局何も口にしないまま寝室へ行って、ベッドの端のほうへ寝た。
不安で押しつぶされそうな気持ちを、涙を、必死に我慢しながら目を閉じる。
真希……あたし、もう無理かもしれない………。