「あ、ママに早く帰って引っ越しの片付けしろって言われてたんだ。あたし、そろそろ行くね」
時計を見た真希は、そう言ってカバンを持ち上げた。
「真希の部屋って何階?」
「六階!!」
「じゃあ、あたしたちの一つ下の階だ。そこまで送るよ」
あたしと真希は、部屋からでて六階まで階段で下りた。
「いやぁ、ほんとにびっくりしたなぁ……奈央があの藍川日向と付き合ってるなんてさ〜」
あ、大事なこと言ってなかったっけ………。
「付き合ってる……ていうか。一応……結婚してるんだよ……ね」
「…………ぇぇえっ!?」
またもや驚く真希。
「その若さで!?」
なんてまるでおばさんのようなことまで…………。
「う、うん」
「嘘!? まさか……デキ婚とかっ!? ぇぇえッ! うそーっ!? その割にはお腹出てなくない!? あ、もしかして騙されてるんじゃ……」
「ちょ、ちょっと! 真希ストップ!!」
驚きのあまりに一人でドンドン話を進める真希に、あたしは慌てて真希の口をふさぐ。
「誰もデキ婚なんて言ってないし、騙されてもないから……! 一回落ち着いて?」
「んぐっ……」
あたしの手によって口をふさがれた真希は、思い切り頭を縦に振った。
それを見てあたしは真希から手を離す。
「っぷは……ほへぇ〜!じゃあ、妊娠はしてないのね!?」
「うん、さすがにまだ高校生だし………」
「いや、高校生で結婚してるだけでもすごいけど………え、じゃあ名字は?」
納得したかと思うと、また次々と出てくる真希の疑問。
「一応、学校とかでは旧姓の"今井"のままだけど。本当は藍川ってなってる」
「そうだったんだぁ。今日はびっくりすることいっぱいだなぁ」
「ありがとうね、真希」
真希に喜んでもらえて、ほんとに心が軽くなったっていうか。
「あたしね、もっと奈央と仲良くなれそうな気がするなぁ。奈央って、学校では普段大人しいしあんまりしゃべらないけどさ。すごい可愛いし、今日話してみたら、意外とおもしろいとこあるしっ(笑)前から仲良くなってみたかったんだよね♪」
そう言った真希は、またえくぼを見せて笑った。
「あたしも、真希ともっと仲良くしたいっ……」
そう思い切って、言ってみたら。
「ふふっ、家も近くなったし。2人の秘密もできちゃったしね〜。部屋が片付いたら、あたしの部屋にも遊びに来てね!」
と言ってあたしに手を振りながら、廊下を歩いていった。
ほんとにいい子なんだなぁ。
改めてそう思ったあたしは、部屋に帰るためにまた階段を上がっていった。
「いい友達持ったな〜」
部屋に帰ると、一番最初に日向がそう言ってくれた。
「うんっ。とにかく、秘密にしてもらえて良かったよ〜。真希じゃなかったらどうなってたか……」
「まぁまぁ。一件落着っつーことで」
「ほんっと、日向って呑気……」
「はいはい♪次からは気をつけますっ」
「ぜひ、そうしてください」
あたしはそう言って日向の背中に寄りかかった。
「どした? つかれた?」
「なんか、いろいろホッとした」
安心してるあたしの顔を見て、日向はあたしをスッと抱き寄せた。
「大丈夫だってば。俺は何が何でも、奈央のそばにいるから」
「日向………」
あたしと日向は見つめ合い……。
「そろそろ仕事の時間だよ………」
「あ………」
ワケアリ夫婦はまだまだ波乱が起きそうな予感です……。
「それでねっ、聞いてよ真希〜……」
「はいはい、落ち着いて奈央。勘違いとかじゃないの〜?」
「ぜーったいあやしいの!!」
真希にあたしたちの関係がバレてから二週間。
唯一、日向のことを話せるのが真希だけってことで、あたしたちはよくお互いの家に行くようになった。
真希はちゃんとあたしたちのことを秘密にしててくれてるし、あたしが困ってることもちゃんと聞いてくれる。
それで、今日も真希の家で悩み事の相談してるんだけど……今日の相談はいつもより深刻だったり………。
「日向くんに限って、浮気なんてさ………」
真希はひじをついてる手の上にあごをのせて、眉をひそめた。
………そう。
もしかしたら、日向が浮気してるかもしれないんです………。
「だってね、ここ最近仕事でもないのに帰りすっごい遅いしさ……」
「何してたの? って聞いてみたら?」
「聞いたらね、なんでもないよって言われて、そのまま何聞いてもごまかされちゃうの……」
そんなことが二週間の中で三回も。
………考えたくないけど、もし日向が浮気してたら、なんて思うと泣きそうで……。
「でね、抱きしめられたときに一瞬、日向じゃない香水の匂いがして………」
たぶん、おんなものの香水………。
こんなにあやしいのに、疑うなっていわれても無理だよ……。
「確かに、そこまでくると怪しいけどさ。あの奈央にぞっこんな日向くんが浮気するなんて……ありえなくない?」
「あたしだって、ありえないと思いたいよ………」
真希の部屋にある大きなクマの人形を、ギュッと抱きしめた。
日向が大好きだから、不安で……不安で仕方なくなる。
「やっぱり、一般人と芸能人の恋なんてむりだったのかなぁ……」
あたしがポツリとつぶやくと、真希がダンっとテーブルを手で叩いた。
「なに弱気なってんの!! まだ浮気って確定したわけじゃないんだからさ。奈央の気持ちもわかるけどさ……日向くんのこと好きなら、信じてあげよ? とにかく、今日ちゃんと聞いてみなよ」
「………真希」
そんな真剣に考えてくれるなんて………。
「真希大好きぃ〜……っ」
「きゃぁあっ、襲われるっ(笑)」
今日、日向が仕事から帰ってきたら、ちゃんと聞いてみよう。
ごまかされても、自分の気持ちちゃんと話そう。
「今日もかぁ……」
真希んちから帰ってきて、夕ご飯を作って待ってると、日向からのメール。
『遅くなる、先寝といて』
「はぁ………」
自然とため息がこぼれて、肩を落とした。
今日のご飯はコロッケだったのにな……日向が帰ってくるころには、冷めちゃうよ………。
テーブルにできたご飯を並べたけど、先に食べてる気にも、寝る気にもなれず。
ただ、ボーっとしながら時間を刻んでいく時計を眺めていた。
「………日向……」
そうポツリとつぶやいた時には、真っ暗な部屋に時計の針の音だけが響いていた。
ガチャ。
静かに玄関の開く音がして、カチッという音と共にリビングに電気がついた。
「わっ、奈央。電気もつけないでどした?」
「……ううん」
こんな時間まで起きてるあたしに少し驚いてる日向は、あたしのそばに来て顔をのぞき込んだ。
「おかえり、日向……」
そんな日向の顔を見てたら、やっぱり浮気してるなんて信じたくなくて。
そばにいたくて。
ちゃんと話さなきゃいけないのに、抱きついてしまった。
日向はそんなあたしの頭を撫でながら。
「先に寝てていいっつったろ? 明日学校なんだから。寝不足は体に悪いよ?」
なんて優しい言葉をかけてくれる。
そんな日向にまたキュンとしちゃうんだけどね。
でも日向…………。
あたしには、してるんだ
あなたの髪から微かに香る
違う香りが………
もう、嫌だよ。
日向が、あたしじゃない人の香りをさせてるなんて。
こうやって、夜帰ってくるのを一人で待ってるなんて。
でも……信じたいから。
日向は隠し事なんてしないって。
浮気なんて………してないって。
「日向……仕事終わるの八時だったよね?」
「……………」
「こんな時間まで………何……してたの?」
日向は、抱きついたままのあたしを離して。
「……なんでもないよ」
目をそらしながら確かにそう言った。
カシャンって。
あたしの心の中で、なにかガラスの割れる音がした。