「………へ?」
なぜか聞こえたのは、大好きな日向の声。
だんだん近づいてくる影を目を凝らして見ると、頭にバスタオルを羽織った日向だった。
「ひ、日向かぁ……。びっくりしたぁ」
「起こしちゃった? ごめんごめん。寝る前にシャワー浴びたくてさ」
日向は、あたしのほっぺにまだ少し濡れている手をあてて、優しい目で微笑む。
薄暗い暗闇の中で、寝ぼけたあたしは日向に抱きついた。
「……いなくなっちゃったのかと思った」
「どした? 奈央大胆(笑)」
「日向のこと大好きなんだもん」
「知ってる。俺はどこも行かないよ、ずっと奈央のそばにいっから」
そう囁いた日向は、ギュウッとあたしを抱きしめ返す。
そっとあたしを離して、顔を見つめると。
「奈央、目トロンってしてるよ(笑)かーわい♪」
とイタズラに微笑んでゆっくりあたしにくちづけた。
「バカ、南さんいるんだからっ///」
「寝てっから大丈夫〜」
もう、呑気なんだから。
でも、そんな日向が大好きで。
さっきの"ずっと奈央のそばにいるから"。
って信じていいよね……?
「南さん朝ですよ〜?」
「……ふぁ〜、あ。奈央ちんおはよ〜」
朝になり、八時にはお迎えが来るという南さんを起こす。
さすが人気アイドル。
寝起きの顔も決まってるなぁ。
「日向ぁ?」
朝ご飯のサンドイッチを頬張りながらテレビを眺める日向を、南さんが呼ぶ。
「なに」
日向は、あまり気にする様子もなく。テレビから目線をそらさずに、淡々と答える。
「お腹空いた」
「知るか」
「…………」
相変わらず、南さんには冷たいなぁ。日向の横であたしは苦笑した。
「俺にもそれちょーだい♪」
「あ、ばか」
南さんは日向の食べていたサンドイッチを取り上げると、ポイと口にいれた。
昨日から思ってたけど、なんかこの二人ってまるで兄弟みたいで。そう思うと、少し微笑ましい。
「これも奈央ちんつくったの?」
モグモグと口を動かしながら笑顔の南さん。
「まじお前、奈央の手料理食わせんの今日で最後だかんな」
不機嫌そうに南さんを睨む日向。
「うっわぁ、柄にもなく嫉妬かよ〜」
「うっせ」
なんだか、二人してのんびり朝ごはん食べちゃってるけど……。
「み、南さん。早く準備しないと……」
「あ、そうだった」
今度は中津さんじゃなく、南さんのマネージャーさんに叱られちゃうって……。
「じゃ、奈央ちんごちそーさま。またね♪」
八時ぴったりにお迎えがきた南さんは、最後にそう笑顔を残して部屋を出ていった。
「……ふぁ〜」
とりあえず、無事に南さんを送り出した事に安堵のため息を吐いて、あたしは散らかった部屋を片づけを始めることにした。
食べ終わったお皿に、ビールの缶。散らばっているクッションに、ズレたカーペット。
コレは、ちょっと汚すぎる……。
とりあえず、テーブルの下に落ちているお酒の缶を拾っていると………。
「あれ……?」
そこには、見たことない青の携帯電話。
日向のとは違うし……もちろん、あたしのでもない。
ということは………。
「あ、それ和也の携帯じゃん」
「だよね……?」
洗面所で顔を洗っていた日向が帰ってくると、あたしから南さんのらしい携帯をとる。
「ったく。アイツばかだな」
「携帯ないと、きっと困ってるよね……」
どうしようかと悩みながらも、日向の手にある南さんの携帯を見つめていると………。
「……しょうがねぇな。俺、追っかけて届けてくるわ」
「え……車で?」
「ん」
正直、中津さんには勝手に出歩くなって言われてるんだけど……緊急事態だし。
仕方ないよね。
それに車で行くなら、誰かにバレることもないだろうし。
「じゃあ、行ってくるな!すぐ帰って来るから」
「……うん! 分かった」
あたしは何の不審もなく、携帯を届けにいく日向を送り出した。
「あれっ、洗剤きれてる……」
皿洗いの途中で、使ってた洗剤の中身がなくなっていたことに気がつく。
……困ったなぁ。
買い置きないし、なきゃお皿洗えないし。
……コンビニ行こっかな。
近くのコンビニまで歩いて十分。
日向も、まだ帰ってこないみたいだし……よし、行こう。
そう思ったあたしは、財布と携帯を持って外へ出た。
マンションを出て、コンビニまでの道のりをのんびり歩く。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると、店員の元気な声が出迎えて。
一番最初に目に入ったのは、自動ドアに貼ってある南さんのコンサートのポスターだった。
こんな入り口の目に付くところにあるってことは、やっぱスゴい人なんだなぁ。
「………?」
雑誌のコーナーに行くと、なんか見覚えのある人が。
もしかして………。
「真希?」
「え? ……あっ、奈央〜!!」
そこに立ってたのは、普段着を着て雑誌を読んでいる真希だった。
あたしに気づくと、雑誌を閉じてこっちへ来る。
「どしたの? 真希んちってこっち方面じゃないのに」
「あ〜、あたし今日からココの近くに引っ越してきたの!! んで、今荷物運んでもらっててさ〜。居場所ないし、コンビニで時間つぶそっかなって」
「そうなんだぁ」
この時まで、あたしは真希になんの疑いももってなかった。
「奈央もこの近く住んでんの?」
「あ、うん……」
家の場所教えなきゃ、これぐらい言っても大丈夫だよね?
「まじで〜、じゃ、途中まで一緒に帰ろ!」
と笑顔で言う真希。
笑うと出てくるえくぼがまた、かわいい。
断る理由もなく、あたしは会計を済ませて真希と一緒にコンビニをでた。
「そういえばさっき、奈央コンビニでブラックコーヒー買ってたけど。飲むの?」
歩いていると、首を傾げながらあたしを見る真希。
「これはひなー………」
っは!!
「ひな?」
「ひなっ……ひな人形の隣に飾ろうかとっ!!」
あたし今日向って答えようとしてたよね……!?
あっ、あぶない………。
「ひな人形〜?」
ごまかしたのはいいけど、ひな人形の隣に飾るって……どう考えてもおかしすぎる。
我ながらごまかし下手すぎるよ……。
さすがに怪しまれたかなと思って、隣の真希を見ると。
「ぶふっ! あはははっ! 奈央ってたまにおもしろいこと言うよね〜(笑)顔は可愛いのになぁ」
セ……セーフ………?