「よし、始めるか!」
しばらくして、突然の日向のその合図とともに、叔父さんである神父さんが教壇の前に立った。
「一生に一度しか言わない」
そう言って、深呼吸した。
「俺を選んでくれてありがとう。
まだ十六歳なのに、残りの人生を俺に捧げてくれてありがとう。
俺、奈央を選んで良かった。
喧嘩したって、なにしたって
奈央を選んだことに後悔したことなんてない。
これからも絶対しない」
「………っ」
話の途中なのに、また涙が溢れてくる。
でも、あたしは下を向かずに、涙が止まらない瞳で日向をちゃんと見つめた。
「俺の仕事上、これからいっぱい
迷惑かけるかもしれない。
奈央を不安にさせるかもしれない。
でも、奈央を誰よりも幸せにする!
絶対、俺と結婚して
よかったって思わせてやるよ!
だから……
これからも俺についてこい!」
胸を張って、日向は最後にそう言った。
「藍川日向。あなたは藍川奈央を生涯の妻と定め、健やかなる時も病める時も、彼女を愛し続けることを誓いますか?」
「誓います」
「藍川奈央。あなたは藍川日向を生涯の夫と定め、健やかなる時も病めるときも、彼を愛し続けることを誓いますか?」
辛いこともたくさんあった。
ヤキモチ焼いたり、喧嘩したり。
大変なことがないわけではない。
でも、あたしも後悔はしてない。
日向は、これからあたしを誰よりも幸せにするって言ったけど……あたしは、こうやって日向のそばにいるだけで幸せなの。
日向は、もうとっくに……あたしのことを誰よりも幸せにしてくれてるんだよ………。
「………誓います」
あたしがそう言うと、日向は微笑んで。
「奈央、左手出して」
言われたままに左手を出すと……。
「………っえ、これって?」
薬指にはめられた指輪。
それは、まぎれもなく今日行ったアクセサリーショップで、あたしが欲しがっていたハートの指輪だった。
「これもサプライズかな」
と、満足そうに笑う日向。
あたしは別に、日向にこれが欲しいと言ったわけでもないのに……。
どうして、分かったの? って聞こうと思ったけど……やめた。
日向はこういう人だから。
誰よりもあたしの幸せを願ってくれて、期待以上のことをしてくれる。
そんな日向が……大好きだから。
「ありがとう……っ」
あたしは左手にはめた指輪をキラキラ輝かせながら、とびっきりの笑顔で日向に言った。
「それでは、誓いのキスを」
神父さんは、そう言うとあたしたちに気を使ってくれたのか、奥の部屋へと消えていった。
「奈央……」
「日向………」
日向にぐいっと引き寄せられて。
「「愛してる」」
同時に同じ言葉がでてきたことに、クスッと笑いをこぼしながら二人で笑いあった。
………これがあたしたち。
お互いにお互いの幸せを願いあって。
最期まで笑っていこう。
そんな想いを胸に、あたしと日向は優しく唇を重ねた。
日向………ありがとう。
「パパとママにお土産の八ッ橋と、着替えは持ったし……マメ太は真希の家に預かってもらったし」
玄関にある鏡の前で少し乱れていた髪を整えて、あたしは家を出る。
マンションから出ると、徒歩で駅まで向かった。
先週、修学旅行から無事に帰ってきたあたしと日向。
まだ仕事がある日向は、帰ってからすぐに中津さんとイギリスへ行ってしまったけど。
あと、少し………。
そう思うと、不思議と離れるのは前より辛くはなかった。
そして、修学旅行の振り替え休日のあるあたしは、それを利用して一日だけ実家に泊まることにした。
お土産も渡したいし……。
久しぶりにママとパパの顔も見たい。
ワクワクしながら、日向のマンションからは少し遠い実家まで電車を乗り継いだ。
「久しぶりだぁ……」
ようやく実家の前について、しばらくぶりに見る家の様子に懐かしさを感じる。
心がジワって暖かくなるような……そんな気持ちだった。
一応、鍵は持ってるけど、ママたちは今の時間いるのかな?
たぶん、パパは仕事だろうし。
普通のサラリーマンのパパと、専業主婦のママ。
兄弟はいないけど、うちはごくごく普通の家庭だった。
だからこそ、日向と結婚するときは、少しだけ……ママたちを寂しくさせてしまうんじゃないかという、不安もあった。
だからこそ、こうやってたまに遊びに来ることで、少しでも喜んでもらえたらいいな……。
ちょっと緊張しながらも、玄関のドアを引く。
ガチャリと重いドアが開いて、一気に懐かしいうちの香りが鼻をくすぐった。
少し独特な趣味のママが買った、変なカエルの置物や、あたしが小学校の時に作った造花が飾ってあって。
廊下の向こう側にある少し開いたリビングの扉からは、ほんのりカレーの匂いが漂ってくる。
懐かしい……昔のままだ。
学校から帰ると、あの扉の向こうからママが「おかえり」って言ってくれて………。
「あら奈央、おかえり♪」
「……………」
「奈央?」
「………マ……マ」
「どしたの、固まっちゃって」
「ふぇっ……ママーッ!」
「ギャーッ! 何で泣くのーっ!?」
まるで、昔みたいにリビングの扉からヒョコッと頭を出したママに、あたしは泣いてしまった。
分かんない……分かんないけど、なんだか安心してしまった。
何も変わってない、この光景に。
「やぁねぇ、この子ったら。やっぱり泣き虫だわ、フフッ」
そう言ってこっちに近づいてきたママは、優しくあたしの頭を撫でた。
「見ないうちにずいぶん大人っぽくなったわね、見た目は」
「み、見た目は……って」
じゃあ、中身はまだまだ子供ってこと? そう言いかけたけど、あたしは黙ってその言葉を飲み込んだ。
いいよね、ママの前でくらい。
子供に戻っちゃったって……。
「パパは夕方帰ってくるし、今日はゆっくりしてきなさい」
ママは、日向が今撮影でイギリスに行っていることも話してあるし。
前の夏紀さんの騒動のこともちゃんと話したわけじゃない。
きっと、あたしに聞きたいことはたくさんあるはず。
それでも、そのことには全然触れずに、ただあたしをいつもどおりに扱ってくれる。
それが今のあたしには、変に考えずにすんで、とても楽だった。
なんだかんだで騒がしいところもあるけど、やっぱりママはちゃんとあたしのことを考えてくれている。
そんなママが、あたしは大好きだ。
「……………」
「あら、奈央?」
修学旅行のお土産を渡すと、お茶でも飲もうと言ったママ。
さぁさぁと背中を押されながらも、リビングに入ったあたしは絶句した。
そこにあったのは……。
リビングの壁にドーンと貼ってある、大きな日向のポスター。
「なっ……」
「な?」
「なにこれ、なにこれ……っ!?」
「やだぁ〜、日向くんじゃないの〜」
「そんなこと分かってるって!」
何か問題でも? という顔であたしを見るママに、あたしは肩の力が抜ける。
「奈央は、いつもナマ日向くん見てるんだから。これくらいいいじゃないの」
「そういうことじゃなくて……」
呆れながらも、ポスターのそばに近寄ってもう一度見てみる。
こんなの、どこで手に入れたんだか……。
そう思っていると、いつの間にかママは、ニコニコしながらお茶の準備をしていた。
「ふふ、日向くんはもううちの息子も同然なんだもの。子供の活躍を見守るのも、親の役目でしょう」
………答えになってないし。
こんなんじゃ、恥ずかしくて日向のことうちに連れて来れないよ……。
おでこに手をあてながら、あたしはダイニングテーブルのイスに座る。
すると、ちょうどそこに準備のできたママが、お茶を持ってきた。
「さぁ、ゆっくり午後のティータイムでもしましょうか」
得意の笑みでニッコリと微笑んで、あたしの向かい側に座る。
ママの淹れてくれた紅茶を一口飲んで、心を落ち着かせる。
「どう? ラブラブの新婚生活は」
「ラッ、ラブラブって……///」
いきなりママの口からでた、突拍子もない言葉にあたしは思わず赤面した。
「やだぁ〜、初々しいわねぇ」
「変なこと聞かないでよっ! ……べ、別に、普通だし」
「普通って何よ〜、日向くんカッコいいし素敵だし。奈央のことだから、どうせベッタリなんでしょ〜」
ママにそう言われて、いつかの真希の言葉を思い出す。
『本当日向って、奈央にぞっこんって感じだよね〜』
……どっちかと言うと、ベッタリされてるのはあたしの方な気が………。
でも、絶対ママにからかわれると思ったので、それは言わないでおいた。
「ふふ、良かったわ。幸せそうで」
「へ………?」
安心したように、優しく笑うママ。
「奈央、気づいてないみたいだけど。日向くんのこと考えてるとき、顔にやけてるわよ」
「ッ………!?」
自分では全然分からなかったことを言われて、慌てて口元を隠す。
は……恥ずかしい………///
「さて、夕方にはパパも帰ってくるし。そろそろ夕飯の準備しないと!」
いつの間にか飲み干しているカップを片付けて、立ち上がるママ。
「え……まだ三時だよ?」
夕飯の準備には、早すぎる気が………。
そう思いながらも、立っているママを見上げる。
「だって今日はごちそうだもの。奈央も手伝ってね?」
昔はよく、ママと一緒にキッチンに立って手伝いしてたっけ……。
自然と口元が緩みながらも、あたしは残りの紅茶を飲み込んで立ち上がった。
「しょうがないなぁ」
なんか、久しぶりにこうやってママと話するのも、楽しいなぁ。