「………ひ……なた……」
………出た、出てくれた……。
けど……なんだか緊張して、うまくしゃべれない。
「あ、あの……ね」
『今どこ?』
あたしの不安な声をかきけすように聞こえる、日向の声。
怒ってるようではないけれど……いつもとちがう態度。
「………今、大通りの西口出たところ……」
『近くになにかある?』
「え……と、おっきいデパートとクリーニング屋さん?」
『わかった。そこで待ってて』
「……えっ」
………プツッ。
日向の待っててという言葉で、電話は切れた。
ここに来るってことなのかな……。
もう一回電話するわけにもいかず、あたしは近くにあったベンチに腰かけた。
そこで十分くらい待っただろうか。
あたしの目の前に一台のタクシーが止まった。
ガチャッと後ろのドアが開いたと思ったら、そこには腕を組んで座っている日向の姿が。
「………日向……あの……」
とにかく、謝らなきゃと思って口ごもらせていると……。
「奈央、乗って」
「………へっ」
「連れてきたいとこあるから」
真っ直ぐな眼差しでそう言われて、あたしは小さく頷いて日向の隣に乗り込んだ。
日向の合図とともに動き出すタクシー。
どこへ向かっているんだろう?
もしかして………。
「……ひ、日向?」
「ん」
「連れてきたいとこって………さっきの電話の……人?」
ろくに目も合わせられないまま、あたしは日向に尋ねた。
お願いだから………違うって言って……。
違うよって言って……いつもみたいに笑ってよ………。
「………そうだよ」
あたしたち、これからどうなるんだろう?
日向の言葉があたしの胸に鳴り響いた。
しばらくして、タクシーはある場所で止まった。
ここまで来るのに、窓の外から見えたのは林や大きな木。
そうすると、どうやらここは山の中のよう。
「降りるよ」
ずっと下を向いていたあたしは、日向のその言葉でハッとしてタクシーから降りた。
自然の中だからかな、空気がおいしい気がする。
なんてことをボーッと考えていると、タクシーがもと来た道を帰っていった。
その時、今まで見えなかったタクシーの反対側の風景が目に入った。
なんで………。
なんで今、こんなところに………?
そこにあったのは、青い空の下で照りつけた太陽の下で、神秘的に輝いている………大きな"教会"だった。
なにがなんだか理解できないあたしを置いて、日向はその中へと入っていってしまった。
「………まっ、待ってよ……」
その後を追うように、大きな扉を開けて中に入るあたし……。
「……………」
入ってすぐに、あたしは言葉を失った。
………なんて、綺麗なんだろう。
綺麗……それしか頭になかった。
オレンジを基調としたステンドグラス。
外からの光が差し込んでいて、そこに暖かくも、とても不思議な空間ができている。
正面にある大きなステンドガラスには、綺麗な青色の髪をした女神のような人が描かれていて……。
まるで異空間にでも来てしまったのかのようにも思えた。
しばらくその美しさに見とれていると………。
「奈央……こっち来て」
正面の前で、手を差し出してあたしを呼ぶ日向。
あたしはその手を受け取って、日向の横へ立つ。
「……日向、どういうこと……? 電話した相手の人のとこ連れてくって……」
首を傾げて、眉尻をさげながら日向を見上げると……。
「連れてきたよ?」
「ふぇ……?」
さっきとは違う優しい表情で、日向は微笑んだ。
「あそこにいるでしょ?」
「あそこ……って、えっ!?」
日向が指を指した方を見ると、そこにいたのは………神父さん?
驚いた顔で見ると、神父さんはニコッと優しそうな顔で微笑んど会釈した。
その優しそうな顔が……誰かに似ている。
「あれさ、俺の叔父さん」
「そうなんだ………ってえっ!?」
二回目のビックリ。
そんなの、初めて聞いたし……。
「だって……好きだよって言ってたじゃんっ………」
「それは謝る。確かにあれだけの会話じゃ、奈央が勘違いしたっておかしくないから」
「それってどういう意味……?」
ダメだ……全然わかんない。
また、今にも泣いてしまいそうな瞳で見つめると……。
日向は、軽く咳払いをして深呼吸をした。
そして、いつも以上に真剣な眼差しで、あたしを見つめ返した。
不覚にも、その凛々しさとかっこよさにドキッとしてしまう。
「俺ら、確かに籍はいれてるし。夫婦ってことには、変わりないよ」
「………うん」
「でも、奈央はまだ十六歳だし。おおっぴらにすることもできなかったから……ちゃんとした結婚式は挙げてなかっただろ」
確かに、日向は俳優であたしは高校生。
今のこの状況で、結婚式を挙げることは難しかった。
だから、ちゃんとした式は全然挙げてなかった。
「奈央は式なんて挙げなくても、幸せっていってくれたけど。でも、やっぱり奈央には女の子の夢叶えてあげたいから」
「………日向」
「祝ってくれるお客さんもいないし、綺麗なウェディングドレスだって着せられてあげてないけど……」
「………ううん……」
そんなのいらないよ………。
日向の気持ちを聞いただけで、あたしは今にも泣いてしまいそうだった。