「………そっか」
そう一言つぶやいて、日向はあたしの肩にぽんっと手を置く。
「日向、怒らないって言ったけど。怒っていいよ……?あたしが悪いんだもん。怒られないほうがおかしいし……」
あたしは少し下を向いた。
そんなあたしのあごをぐいっと掴んで上を向かせる。日向の目は、やっぱり少し機嫌が悪そう………。
「おこんねぇよ」
「………え」
「おこんねぇけど………許さない」
「……………」
さらに鋭くなった日向の目。
………だよね。
許してもらえないよね……。
また泣きそうになって、口をへの字にして泣くのを我慢する。
「その煌星って奴……」
「………へ?」
「俺の奈央に手出すなんて、絶対許さねぇ」
どうやら日向が怒ってるのは、煌星のことらしい。
「ちがうよ……っ、煌星は悪くないから。ちゃんとハッキリしなかったあたしが悪いの」
あの時、あたしが煌星について行かなかったら……こんなことにならなかったんだもん。
もっと、あたしが強かったら……。
「でも、そいつ奈央に男いんの知っててキスしたんだろ?」
「そ……だけど………」
「俺は、そういうの卑怯だと思う。もし、奈央のこと好きならさ………正々堂々、俺に勝負してきてほしいし」
「………日向」
あたし、こんなんなのに……。
弱いし、泣き虫だし、いくじなしだし。
それでも……こんなあたしでも、日向は愛しててくれてる。
好きでいてくれてる……。
「うっ……ふぇっ……ひなたぁ………っ」
「ったく。奈央ってほんと泣き虫………」
「嫌いに………っ……ならないで……?」
「……なるわけねえじゃん。奈央のこういうとこも、泣き虫なとこも、全部可愛い。全部愛してるよ」
ニコッと笑顔を見せた日向は、あたしを引き寄せて抱きしめた。
あたしも………日向のこと全部愛してる。

日向………ごめんね?
ありがとう………大好きだよ。

》》日向side

奈央から昨日の電話のことを全て聞いた。
奈央には、怒んねぇって言ったけど……やっぱり煌星って奴には腹が立つ。
ずっと連絡できなかった俺も悪いけど、彼氏がいる女に手を出すのはおかしいだろ。
泣いたままの奈央を抱きしめながら、俺は少し考え込んでいた。
「………日向?」
俺から離れると、潤んだ瞳で俺を見る。
玄関なのに……襲いてぇ(笑)。
よく考えるとかなり久しぶりの再開だし………。
「奈央、お風呂入ろっか♪」
「………っへ///」
俺のいきなりの発言に顔を赤くして、目を見開く。
そういうとこもさ、全部、全部可愛いんだよ。

「あー、やっぱり我が家の風呂が一番♪」
「なんか、その発言お父さんみたいだよ日向……」
結局、嫌々な奈央を無理矢理脱がせて一緒にお風呂に。でも………。
「なんで奈央そっちいるわけ?」
「えっ……だって………///」
俺の反対側の湯船につかっている奈央。
いつもは、俺の上に抱っこささってんのに……この距離が歯がゆい。
「いいから、こっち……来いよ?」
「…………っ////」
俺がそう言うと、顔を真っ赤にしながらゆっくりと近づいてくる。
「つっかまえたーっ♪」
「わっ///」
そんな奈央の腕を掴んで引き寄せて、俺の上に抱っこささるように座らせる。
そして、後ろからギュッと抱きしめて奈央の首もとに顔をうずめた。
「日向っ………くす……ぐったいよ」
「んー」
久しぶりの一緒のお風呂で、まだ恥ずかしがってんのか少しそわそわしてる奈央。
そんな奈央がほんとに可愛いくて、壊してやりたくなる。
俺は奈央のあごを掴み、自分のほうを向かせて唇を重ねた。
「………ひ……なた……っ」
いきなりでびっくりしたのか、奈央は一瞬ビクッとしたけど、すぐに俺の手を握った。
その仕草に、また俺の理性が飛んで……体勢を変えて、奈央を壁側に押し付けた。
会えなかったぶん深く、深く口づけて。
ゆっくりと唇を離すと、なぜかまた潤んでる奈央の目。
「………なんでまた泣いてんだよ……」
「………泣いてないもん」
「嘘つき」
「ん………」
俺の奈央にキスした奴が許せなくて。
奈央は俺のものって印がほしくて。
奈央の首もとに顔を近づけた。
「ちょ……っ日向? ………ッ!!」
一瞬顔を歪める奈央。
顔を離して見ると、奈央の白い肌に赤く残るキスマーク。
「……どしたの………?」
いつもはこんなことしねぇのに。
様子の違う俺を見て、奈央は不思議そうな顔をする。
「………俺、奈央のことなると余裕ねぇよ……」
「…………え」
奈央は俺のだって、わかってんのに。
またイギリス戻んなきゃいけねぇって考えると、不安で仕方ねぇ。
「………日向」
「………ん?」
黙ってると、奈央が口を開く。
「あたしだって……日向のことだと余裕ないもん………。なのに、日向ずるいよ」
「ずるい?」
「いっつもあたしにばっかりドキドキさせてさ……。ほんとにずるいよ………」
そう言ってすねた仕草をする奈央。
「……そういうこと言うの反則///」
すねてる奈央にまたキスをして、そっと髪を撫でた。
もう他の男に奈央は触れさせない。
もう不安になんてさせねぇから。

「日向……仕事?」
「あー、ちょっと出てくる。待てる?」
「分かった。ご飯作ってるね?」
「おぅっ」
風呂から上がって出かける格好をした俺に、不思議そうに聞いた奈央。
顔はまだほんのり赤くて、ドライヤーをかけながらサラサラの髪をといている。
「じゃあ、行ってくるな」
「うんっ」
そんな奈央の頭に、ポンッと手をのせるとニコッとはにかんで手を振った。
俺、ちゃんとお前の……いや、俺のけじめつけてくっから。
そう思って玄関を出ると、エレベーターで下に降りて、駐車場にある俺の車の元へと向かった。
正直この車に乗るのも久しぶり。
しばらく乗ってないだけあって、タイヤが少し汚れていたが、俺は気にせずに乗り込む。
軽快なエンジン音をかけて、俺が向かうのは………。

「どうしたんですか、こんな時間に? 日向さんから来るなんて、珍しいですね」
俺が車に乗って来たのは、少し離れた場所にある中津のマンションだった。
「あぁ、ちょっとな。上がっていい?」
「………どうぞ」
普段からプライベートを知られるのが嫌いな中津。
少し間を開けてから、俺を中へと入れた。
本当は、仕事以外で中津に頼るのは申し訳ないが……今回ばかりは、頭を下げてでも頼みたいことだった。
「少々散らかっていますが」
中津の後をついていって、広いリビングに通される。
「……中津、ここで暮らしてんの?」
「そうですが。何か?」
「いや………」
散らかっているどころか、生活感も不要なものも何もない部屋。
家具は、テレビやテーブルなど必要最低限のものしかなく、床はほこり一つないようなキレイさ。
家の場所は知っていたものの、初めて入る中津の家に俺は少し驚く。
「で、お話とは」
テーブルにお茶を置いた中津は、そのまま近くに腰を下ろした。
俺は一度咳払いをして、話始める。
………奈央に、もうこんな風な辛い想いを、させたくはないから。

「その煌星、という男性がですか」
「あぁ。俺がいないのをいいことに、奈央に手ぇ出しやがった。確かに、連絡もしないで奈央を不安にさせちまった俺も悪いと思う」
いくら、理由があったとしても。
今回のことは俺にも原因がある。
それはちゃんと分かってるつもりだ。
それでも………。
「許せねぇ。絶対に許せねぇんだ。堂々と勝負しねぇで、卑怯なやり方で奈央を奪おうとすることが」
「………気持ちは、分かりますが」
今まで、ずっと黙って俺の話を聞いていた中津が視線を落としがちに口を開く。
「日向さんが直接、その煌星さんに話をつけたいと言われても。それは許諾しかねます」
「……………」
まだ、そんなこと言っていないのに。
どうやら俺が考えていたことは、中津にはお見通しらしい。
だけど、ここで引き下がる訳にはいかねぇんだ。
「……確かに、俺が直接行って、夏紀の時みたいに万が一のことがないとも限らない。でも、今回は絶対気を付けるし! じゃなきゃ俺……このままじゃ……黙ってなんてられねぇよ」
「……………」