「………いやだ」
「なんでー、お願い!! ワンちゃん見たらすぐ帰るし!!」
「……………」
「ねっ、ねっ? お願いしますっ……」
煌星のほうを向いて、深く頭を下げると………。
「……わーったよ。ほら、行くぞ」
「やったーっ♪」
煌星の許可が出てはしゃぐあたし。そんなあたしを見て、煌星もおかしそうに笑った。
煌星の家はホントに近くで。
歩いてわずか二分で、煌星の家らしき一戸建てに到着。
綺麗な白い壁に、赤い屋根。なんか西洋風っぽい造りだった。
あたしが家を見上げてると、ドアの前でカギを取り出す煌星。
「家族と一緒に住んでるの?」
「あぁ、でもうちの親、海外行きの仕事してるから、ほとんどは一人かな」
「へぇ〜……寂しくない?」
「別に、慣れたし」
こんな大きな一戸建てに一人って、羨ましい気もするけど、ちょっとあたしだったら寂しいな。
「ん、はいんねぇの?」
「あ、入るっ」
気づくとすでにドアを開けていた煌星は、あたしが入る前にドアを閉めようとしていて。それを阻止してあたしも入った。
「おじゃましまーす……」
ペコッと頭を下げて中に入る。あたしの買った荷物は玄関に置いておいて、ワンちゃんがいるらしいリビングへ。
「ん、こっち」
煌星がリビングのドアを開けると……。
「ほわぁぁあっ!!!!」
「キャンッ」
うちの仔より少し大きめの豆柴が、あたしの足に飛び付いてきた。
「キャンッキャンッ」
吠えかたも、うちの仔よりトーンが高い。……けど。
「かわいぃ〜/////」
あたしもしゃがんで煌星んちのワンちゃんと目線を合わせた。
「キャンッ」
「きゃぁーっ、かわいすぎ!!」
実際に触ってみると毛がふわふわしてる。
「なにこれ!? 超フワフワっ」
「キャンッ」
「きゃぁああっ」
一人で壊れたようにはしゃぐあたし。煌星がいることさえも忘れていて。
「バカか、犬と同じように吠えて」
横からいつもの憎まれ口たたかれたって、そんなの気になんないくらいワンちゃんに夢中。
「ねーねー、名前なに?」
「………レオ」
「へぇ、男の子なんだ………ね」ワンちゃんを撫でながら煌星と会話して、ふと煌星のほうを向く。
「…………っ!?」
なぜかさっきまで上に来ていた黒のTシャツを脱ぎはじめて、上半身裸の煌星。
「ななななっ、なにしてんの……っ!?」
Tシャツをスッポリ頭から脱いだ煌星は、赤面して驚いてるあたしをチラッと見た。
「着替え」
「あ、ですよね……って!! あたしがいる前でしなくてもいいでしょ!?」
「あー? めんどくせぇな。別にいいだろ」
ポリポリ頭をかきながら顔を歪める。
いやいやいや、日向の裸にさえ過剰反応してしまうあたしに、他の男の人の裸なんて見れませんって!!
「とにかく早く着替えてよ……っ!!」
急いで視線をワンちゃんに戻したあたし。
後ろで煌星が「フッ」と鼻で笑ったのが聞こえて、少しからかわれた気分になった。
「おい、終わったぞ」
「へっ……」
煌星のそんな声が聞こえて振り替えると、Tシャツからスウェットに着替えていて。
黒髪に黒のスウェット。チラッと横髪の間から見える金色のピアスが、光っていて。
やっぱ、カッコいいんだなぁ。と思ってしまう。
「ジロジロ見んな。アホ」
「ア……アホ………」
「もう用済んだなら、そろそろかえんねぇと。待ってんだろ?」
「へ?」
「犬」
「あっ、そだ!! 豆柴が待ってる!! あたし、帰んなきゃっ」
大事なことに気がついて、急いで玄関に向かう。あたしの慌てっぷりにまた、煌星がクスッと笑った。
「……おもしれぇ」
「え? なんだって?」
「なんでもねーよ。ほら、そこまで送ってやるから、これ持て」
と言って、軽い方の荷物をあたしに渡した。重い方は煌星が持ってくれて。
いつも憎まれ口ばっかり叩くくせに、こういうちょっとした優しさがあるから、煌星のこと憎めないんだろうな……と思う。
「あ、ここまででいいよ。荷物、ありがと」
「ん」
駅の近くまで送ってもらって、持ってもらっていた荷物を受けとる。
「……お、重い……」
しかし、煌星が持っていたときはそれほどおっきく見えなかったのに。………煌星よりチビのあたしが持つと、で……でかい……。
「ぶっ、転ぶなよ?」
「……ちょっと、笑わないでよ。これでも必死なの!!」
「ハイハイ。なんか不安だから、お前んちまで手伝ってやろうか?」
「……だ……大丈夫。そこまでお世話になれないし。今日はありがと!! また、バイトの日ねっ」
「おぅ、気ぃつけて帰れ」
少し不安そうにあたしを見ている煌星に手を振って、あたしはすぐ近くの駅に向かって歩き出した。
この時、煌星はあたしにとってほんとにいいバイト仲間として、友達として。
特別な感情なんて、抱いていなかった。
……煌星は、いつからあたしをみていたの?
「よしっ!! これでいんだよね?」
さっそく今日買ったペットシートをリビングの隅に敷いて、あたしが話しかけたのは……。
「ワンッ!!」
「いい?」
「ワンッ!!」
そう、豆柴……。ワンちゃん以外にお話する人いないしね。(笑)
煌星に聞いた通りに、準備を終え。たぶんこれで準備万端!!
いよいよ、ワンちゃん解放です。
カチャッ。
「ワンッ!!」
ワンちゃんが今まで入っていたケージを開けると、喜びながら勢いよく飛び出してきた。
「元気だね〜」
「ワンッ、ワンッ!!」
初めての場所に興味深々のワンちゃんは、クッションの匂いを嗅いだり、ソファーの上に登ってみたり。
見てるだけで癒されるなぁ〜。
〜〜〜〜♪
「あ、電話っ」
玄関に置きっぱなしの携帯が鳴って、急いで取りに行く。
ディスプレイには"日向"の文字。
「もしもし日向っ!!」
通話ボタンを押して、つい大きな声を出してしまった。
『奈央、声でかいし〜(笑)』
「だってね、超嬉しいんだもんっ!!」
『ちゃんと、中津届けてくれた? 豆柴』
「うんっ!! 日向、ほんっとにありがと〜」
『さっきから奈央興奮しすぎ!!(笑)』
だって、ほんとに嬉しかったんだもん。
「ちゃんと今日、ペットショップ行って、トイレシートとかも買ってきてね。それで……」
そこであたしはハッとする。
ダメだ……日向は忙しい時間の中で電話してきてくれたんだから、あたしがこんなひき止めてちゃ。
『………奈央?
「あ……ご、ごめん! とにかく、すっごい嬉しかったよ! じゃあ、お仕事頑張ってね」
『そっか、ん、またな』
プツッ。
通話時間は一分もたたないうちに、電話は切れてしまった。
さっきまで高かったテンションが、一気にグッと下がってしまって………。
ほんとはもっと話してたかったし、今すぐにでも会いたい。
でも、日向は俳優なんだもん。
………我慢しなきゃ……。
家族も増えたんだし。
日向が帰ってくるまで、この家で日向を待ってるのはあたしだけじゃないんだから。
もう少し……頑張ろう。
「クゥン……」
携帯を片手にボーッとしていると、豆柴が玄関までやってきた。
「あ、ダメだよ? こっち来ちゃ」
トコトコおぼつかない足取りで、あたしのもとまで歩いてくる。そんな姿に少し、笑みがこぼれて。
「今度は名前つけなくちゃね〜♪」
あたしはフワフワの豆柴を抱き上げて、リビングへと戻った。
「今井、これ三番テーブル」
「……………」
「今井?……おーい」
「………っ!! す、すいません店長っ!!」
「………俺、店長じゃねぇけど」
「あれ、煌星?」
目の前には、ハンバーグプレートを持って小首を傾げる煌星。
どうやらあたしはボーッとしていたらしい。
「ご、ごめん。何番テーブル?」
「三番」
「わかった」
苦笑いを浮かべて、料理を運ぶ。その間、しばらく煌星の視線を感じていた。