「………浮気したら、呪ってやるんだから」
外国には、スタイルの良いボンッキュッボンの女の人とか。足が長くて、鼻が高いセクシーな女の人とか。
たくさんいるんだろうな……。
「バーカ。奈央以外の女なんて眼中にないから」
「………っ」
そんなこと言われたら、離れたくなくなるよぉ……。
また涙が出そうになって、あたしは日向の胸に顔を押し付けた。
「コラ。ちゃんと顔見せて?」
と言った日向は、あたしの顔を離して、両手でほっぺを包み込んだ。
そして、気付いたときには唇を重ねていた。
寒空の公園の下で、あたしたちの吐息だけが響く。
正直、日向を待つ間、泣かない自信はない。……きっとすぐに泣いちゃうかもしれない。
それでも、あたしは日向が大好きだから。
日向の仕事を応援したいから。なにがあっても、待ってるよ。
半年だろうが、百年だろうが。
あたしの日向への気持ちが変わることは絶対にないから。
「………奈央、愛してる」
「………あたしもだよ」
だから神様、もう少しだけこのままでいさせてください………。
〜〜〜〜♪
「んっ………日向ぁ?」
携帯のアラームで目が覚めて、ベットの隣を見るけど……。
「あ………いないんだった」
日向がイギリスに行ってから一週間が経った。
何回目だろ、こうやって日向のいない隣を見てしまうのは……。
「やっぱり、慣れないなぁ……」
あのお鍋パーティーの夜に、日向からイギリス行きを告白されて。行くまでの三ヶ月間なんて、あっという間に過ぎてしまった。
日向が一人で行く訳じゃないから、スタッフさんとかもいて、あたしは見送りに行けなくて。
マンションの前でバイバイした日向の背中だけが、鮮明に残ってる。
一昨日からあたしの学校は春休みに入り、あたしは、真希とファミレスのバイトを始めた。
シフトもほとんどは真希と一緒に組んでもらってる。
だって、そうでもしてなきゃ日向のことばっかり考えてしまいそうで……。
少しでも寂しい気持ちを紛らわせたかった。
今日もお昼からバイトがはいってるはず。ゆるいあくびをしながら時計を見ると。
「わっ、もうやばい!!」
真希との待ち合わせの時間に気づいて、あたしは急いで着替えた。
「あっ、奈央!! おはよ」
「おはよっ、ごめん遅れて!!」
「まだ電車の時間まであるから大丈夫だよ〜」
「そっか、行こっ」
マンションの前で、立っていた真希と合流して、駅まで向かう。
「どう? 日向いない生活、少しは慣れた?」
あたしの顔を不安げに覗き込む真希。
「やっぱ、寂しいかな……。でも、日向も頑張ってるんだし。あたしも頑張らないと」
「そうだよ!! 奈央なら、またいい男見つかるよっ」
「いやいや、フォローなってないし!! てか、別れてないし!!」
「あはははっ」
あははって……最近、真希のおバカ加減がますますヒドくなってるような……。
「「おはようございまーす!」」
電車を乗り継いで、ファミレスに到着。
タイムカードをおしてから、真っ先に更衣室に向かって、まだ着慣れなれない制服に身を包む。
「ちょっと真希、静電気で髪ボサボサなってるよ」
「わっ、ほんとだ」
鏡を見ながら髪を整える真希。なんか、真希がこの制服着るとさまになってるなぁ。
「てかさ、ここ時給もいいし、雰囲気もいい感じだけどさぁ。あたし、ここの店長苦手〜」
顔をしかめながら話す真希。
「あ、あたしも。化粧濃いし。性格キツいし。なんか話しづらいよね〜」
ここの店長の山崎さんは、四十歳半ばの女性。
面接の時は優しかったのに、いざバイト始めるときついのなんのって………。
「目、こんな感じだよね〜キーッて感じ!!」
「ぎゃはははっ」
指で目を釣り上げながら、店長の真似する真希がおもしろくて、思わず爆笑していると……。
ガチャッ。
「ちょっと、新入り!! いつまでもくっちゃべってないで、早く仕事しなさい!!」
噂をすれば影。いつにもまして、化粧の濃い店長登場。
「「はいっ、すみません」」
真希と声が重なって謝ると、店長は目を光らせながら出て行った。
「ふぅ〜、行こっか」
そう言って、あたしたちは更衣室を出る。
「今日も化粧濃かったね〜」
「アイシャドウとかパンダだもん」
「あははっ、言えてる〜」
廊下を歩きながら、真希と歩いていると。
「あ………」
「どした奈央?」
あたしたちの前から、背の高い男の人が歩いてくるのに気づく。
「煌星くん、おはよ」
「ん、はよ」
無表情のまま、あたしたちを見もせずに、あくびをしながら通り過ぎたのは同じバイトの煌星くん。
なんか、クールっていうか。あんまり人と関わりたくないって感じのオーラを出していて、少し話しかけにくい。
身長は、日向より少し低めだけど、あんまり明るい方ではないし、黒髪だし。
日向とは逆って感じがする……。
「奈央、よく話しかけられるよね。なんか、あの人かっこいいけどさ、怖くない?」
「怖くはないけど……一応あたしたちより先にバイトしてたんだから、挨拶ぐらいしとかないと」
歳はあたしたちと同じらしいだけど、バイト先では先輩にあたる。
「えらいね、奈央。あたしも見習お〜」
なんて呑気に言った真希は、スキップをしながら歩いていく。そんな真希の後ろ姿に、笑いがこぼれながらもあたしは真希を追いかけた。
「今井さんっ、ボーっとしてないであちらのテーブルにお水!!」
「はいっ」
「それは、そこじゃなくてこっちでしょ!!」
「は、はいっ」
「今井さんっ、これは何!?」
「すみませんっ………て、それ店長がとったオーダーです」
「えっ、うそ!? キィーッ!!」
「店長、お客さんびっくりしてます。吠えないでください……」
店長のスパルタ監視の中、よくぞ頑張ったあたし……。
午後八時。ようやく今日のぶんの仕事を終えて、更衣室のイスに座り込むあたし。
「あっ、奈央おつかれーっ」
がチャリと更衣室のドアが開くと、制服のエプロンを外しながら、陽気な真希が入ってくる。
「真希、元気だね……」
「だってあたし今日、店長と奈央と別のブースだったし」
「いいなぁ」
「まぁ、慣れだよ。慣れ!!」
そう言って着替え始める真希。
「慣れ………ですか」
「あ、あたし弟迎えに行かなきゃダメだから。こっち行くね」
「あ、そっか。了解!! 明日ね」
「うんっ、奈央気をつけて帰りなよ!!」
真希は、小学生の弟がここの近くの塾に通っているらしく、時々時間があうときはバイトの帰りに迎えに行く。
遠くなる街灯の下で片手をあげて、ブンブン振る真希を見送りながら、あたしも帰ることにした。
今まで誰かとずっと一緒にいたぶん、一人になると急に心ぼそくなる。
ガコッ!!
「いでっ!!」
「あ………わりぃ今井」
いきなり開いた裏口のドア。
すぐそばにいたあたしは、そのせいで頭をぶつけた。
「いたぁ………あ、煌星くん」
ぶつけた頭をさすりながら、振り返るとそこにいたのは、相変わらず無愛想な煌星くんだった。
「こんなとこで何してんの?」
「えっ、あ、真希とバイバイして、今から帰ろうかと……」
「ふーん、一緒に帰んないの?」
「へっ?」
「同じマンション、住んでんだろ?」
「え、なんで知ってるの?」
「今井がバイト初日に俺に言ってきたんじゃん」
煌星くんの長めの黒髪が、春風に揺られてなびいていた。
「あれ、そうだっけ………?」
「ぷっ、今井ってバカ?」
「バカって………」
ちょっとショック………。