そして、再びあたしの首筋に顔をうずめると。




「なーんてねっ」




と言って、呆気なくあたしを離してしまった。





「………ふぇ?」





頭の上にハテナがでるあたし。




「今はお風呂はいんないとね〜♪」





と言って、さっきまで様子に戻る日向。




腑に落ちないあたしを見て。





「なに、もっとしてほしかったとか?」





と、イタズラに微笑む。





「ッ///」




それにあたしはまた顔が赤くなる。




「してほしいなら、口で言わなきゃわかんないよ〜?」





と言って日向はあたしの口をつまんだ。













「べつにっ……してほしくないもん!」




ほっぺをフグのように膨らませたあたしは、プイッとそっぽをむいた。




「素直じゃないなぁ」





そんなあたしを見て、ククッと楽しそうな日向。




基本甘えん坊な日向だけど、たまにSになる。




「………ずるい」





「つづきは、後でしたげるって」




とあたしの頭を撫でて、チュッとおでこに口づける。





「バカ日向〜」




「だって、奈央かわいんだもん」





「………///」





なんて言われちゃうと、許しちゃうあたしって単純なのかな。





まぁ……幸せだから、いっか‥……///
















お風呂に入り終わって、日向と一緒に寝る。




いや。



すぐには寝せてくれないんだけどね……。







ドラマの撮影も雑誌の取材もいっぱい、お仕事あるのに。





よく、男の人って体力あるよね……。





日向とは、一回しただけであたしはすぐダウンしちゃうのに。



日向はまだまだ元気で。




「ちゃんともっと体力つけろよ〜」




「これ以上無理です……」




「ふっ、おやすみ♪」





「おやすみなさい」






って日向に抱きしめられながら寝るのが、一番幸せだったりね……。















「ん〜………げっ!」





カーテンの隙間からこぼれる日差しがまぶしくて、重たいまぶたをあけると。




「やばっ!!」





寝室にある時計の針は、もう少しで八時。




「日向っ、起きて!! 時間が……っきゃ!!」





急いでまだ寝ている日向を揺さぶると、グイッとひっぱられて日向の腕の中に引きずり込まれた。




「……ん〜、おはよ。ハニー」




と言って寝ぼけている。




「ハニーじゃないし、ばかぁ。早くしないと、日向も今日仕事でしょ!?」




「……今何時?」




「‥‥七時四十五分」




「うわっ、やべぇ!!」




やっと目が覚めたのか、がばっと飛び起きる。












「あたしも急がなきゃ」



そう思って布団から出ると。



「……ぅきゃッ!」



ようやく自分が服を着ていなかったことに気が付いて。あたしは反射的にカーテンにくるまった。



「なに、猿みたいな声出してんの(笑)」




笑いながらあたしを見る日向は、パンツはちゃんとはいてる。




「ずるいっ!!なんで日向だけ裸じゃないの?」




「いーじゃん隠さなくても。もう俺奈央の裸全部みてるし♪」




そーゆう問題じゃない(泣)!!




「ちょっと、そこの下着とってよ〜!」




日向の足元にあるあたしの、昨日脱がされたであろう下着を指差すが。



「………やだね」




と言ってニヤッとした日向は、寝室からでて行った。




「いじわる……」




そうつぶやいて、日向がでていったことを確認してから下着の場所まで行った。



ガチャッ。




「なんか言った?」



「ぎゃあっ!?」




すると、再び寝室に日向登場。



「ばかっ!!」




と言って寝室から日向を追い出す。




「朝からいーもん見た気分♪」





………エロ日向〜っ!!









あたしも日向も急ぎながら準備していると………。




ピンポーンと、部屋のインターホンが鳴り響いた。




「ヤベッ! たぶん中津だ。ごめん奈央、俺もう少しで支度できるから出てて!」




「わ、わかった……」




日向にそう言われて、あたしは玄関へと向かうけど。



正直気持ちは少しだけブルー。




だって……。




「おはようございます。日向さんのお迎えに上がりました」




「おはようございます……中津さん」




ビシッと黒スーツを着こなして、黒い縁ありメガネの奥から少し鋭い目線を光らせる彼。




中津さん。というこの人は、日向のマネージャーさん。




「日向さんは?また寝坊ですか」




「あの……もう少しで準備できると思うんですけど……」





おずおずと顔を上げて、日向よりも身長の高い彼を見上げる。




一瞬、細長いその瞳で睨まれたかと思うと、そのまま呆れたように一息吐いた。



「はぁ。あなたと結婚してから、日向さんは少しだらしなくなった気がします。だから私は嫌だったんですよ。一般人の、ましてや高校生と結婚なんて」




「す、すみません………」




「今後気をつけていただきたい」




この通り、あきらかにあたしが気に入らないオーラを出す彼が……あたしはすごく苦手で。




確かに、この結婚をみんながみんな祝ってくれるだなんて思ってはなかったけど……。




やっぱり、日向の仕事を一番身近で支えている彼に認めてもらえないのは、少し悲しい。




…………いつか。中津さんに『日向にふさわしい女』として認めてほしい。




そのために、もっと努力しなきゃな。




「悪い中津!」




しばらくして、着替えや準備を済ませた日向がドタバタとリビングから出てくる。




「車は下に準備してあります。急いで下さい。行きますよ」




「相変わらず無愛想だな。中津は」



「呑気なこと言ってる暇はないですよ。だいたい最近の日向さんは……」



「はいはい! 説教は後で聞くから。じゃあ、行ってくるな奈央!」




そう言った日向は、苦笑いで中津さんの説教を聞き流しながら仕事へと出発した。




「………いってらっしゃい」






パタンと静かに閉まった扉にそう呟いて、あたしも学校へと行く準備を始めた。













なんとか、ギリギリ電車の時間には間に合いそう……。





ダッシュで駅のホームにたどり着いたあたしは、ホッと胸を撫で下ろす。




すると、後ろのほうから。




「奈央ーっ!」




誰かの呼ぶ声がして、振り返った。




あたしの名前を呼んでこっちに向かいながら、手を振っているのは同じクラスの真希だった。




「おはよー♪」




「おはよっ」




彼女自身によく似合っているショートボブの髪を揺らしながら、あたしの所へ歩み寄る。




真希とは、それほど仲が良いわけじゃないけど。



クラスが同じで、掃除場所も同じだから、たまに話をしたりする。



笑顔が可愛いくて、人懐っこい性格だからわりとあたしは好きだったりする。




「せっかくだし、学校まで一緒に行こーよ!」



そう言った彼女は、ニコッと笑ってあたしの肩を叩いた。




「うん、いいよ」




そこへ丁度よく、学校への電車が到着してあたしたちは二人で乗り込んだ。




「てゆうかさっ、聞いて!」




運よく空いていた入り口付近の席に隣同士で座ると、いきなり真希が興奮したように大きな声を出す。




「ど、どうしたの?」



驚いたあたしは、目を丸くして真希に聞き返した。




「あたしねっ、昨日あの藍川日向に会ったの!」




びくっ。




予想もしてなかった言葉に、一瞬肩が揺れる。




「……会ったって?」




「あぁ、会ったっていうか、正確に言うとドラマの撮影現場に遭遇しちゃってさ」




なんだ、そう言うことか……。





変な意味じゃないことに、少しホッとする。





会ったなんて言うから、何事かと思っちゃったよ。












「そうなんだ、いいなぁ。かっこいいよね〜」




あたしは、多少焦りながらも平然を装って話してみた。




「そうなのっ!! なんか休憩中みたいだったからさ、あたし握手頼んだらすんごい優しくって///」





そんなことを言ってる真希の顔を見ると胸がチクンッと痛む。



ヤキモチとかじゃない……。




罪悪感。




「あたし、もう日向様大好き///」



チクンッ……。




「‥‥そう、なんだ」




日向を好きってファンは、たくさんいて。




もちろん、真希みたいにあたしの身近にも日向のことが好きっていう子は、たくさん見てきた。














そういう子を見るたびに、胸がさっきみたいにチクリと痛む。



中には、あたしが日向と付き合ってる時に。



日向を一人の男性として好きになる子も少なくはなくて。




一緒にいるときに、日向の雑誌を見ながら話したり。



そうしてると、ちょっと申し訳ない気持ちになった。




もし……だけど、あたしと日向が結婚してるなんて知ったら、あたしの周りは誰もいなくなるんじゃないかって、時々怖くなる。





『結婚してたのに、今まで隠してて、あたしが日向を好きって言ってるの見て心の中で笑ってたの?』





いつか、クラスメイトにそんなことを言われる夢を見てから。






あたしは、日向のファンの子とはあまり関わらないようにしてきた。