「あなたたち………結婚、してたの……?」
ずっとあたしと日向が付き合ってるだけだと思ってた夏紀さんは、目を見開いてその場に座り込んだ。
「プロポーズの時に日向がそう言ってくれたんです。だから、あたしは日向のその言葉を信じて、頑張ってこれた」
「……そんなの………」
「夏紀さんの気持ち……すごい分かります。日向は、誰にでも優しいし。たまに子供っぽくて、でもその笑顔に癒されて。とっても素敵な人です………」
「……………」
「だから、そういう人柄だからみんなから愛されて………」
「……………」
「自分だけの日向でいてほしいって………夏紀さんもそうなんですよね?」
「……………っ」
あたしが穏やかにそう言うと、夏紀さんは、静かにどこか一点を見つめたまま涙を流した。
「でも、日向はものじゃないんです………」
自分でそう言うと、なぜたかまた涙がでてくる。
「……面と向かって日向にアタックするなら、あたし戦います………ライバルとして、勝負します……っ」
「………っう……ひぐ…っ」
「だからっ……もう卑怯な手使って、日向を苦しめないでください……っ」
そう言ったあたしは、今にもへたり込んでしまいそうな震える足を一生懸命踏ん張って、立ち続けた。
「………お願いしますっ……」
しばらくして、あたしは立ち尽くしたまま。夏紀さんが泣きやむのを待った。
ドラマでみる夏紀さんの泣く演技とは違う。
本当の涙。
時間は夏紀さんちに来て二時間も経っていて……。
「………ばっかみたい……」
「……………」
ようやく泣きやんだ夏紀さんは、すっかり化粧の崩れた顔をあげて、あたしにそう言った。
「………あんたたちが結婚してるのなんて、予想外だったわ……」
「……………」
その表情は悲しげで。
「あんたも高校生のわりに、けっこう言うのね」
「……ご、ごめんなさい……」
確かに、ついつい興奮して言っちゃったけど。
一応年上の相手なんだから、もう少し言い方考えたほうが良かったかも……。
「でも、あなたの言うとおりだったわ………」
小さな声でつぶやいた夏紀さん。
「………え?」
「なんでもない。あたし、忙しいの……。悪いけど、もう帰ってもらえる?」
結局、最後に呟いた言葉はわからないままあたしは、夏紀さんの家をでた。
「おじゃましました……」
と頭を下げると、ドアはパタンと閉まる。
夏紀さんの、曲がってしまった日向への愛。
あたしの言葉で、ちょっとは真っ直ぐな愛になってもらえたかな?
帰ろうと電車に乗って、家までの帰り道。
窓から映る都会のネオンや、光が、なにか物悲しくて。
今日は、日向が帰ってこれないことを思い出して、また胸がギュッとなった。
色んな愛のカタチがあるけれど……あたしは真っ直ぐにあなたを愛しています。
だから、早く帰ってきてよ……。
会いたいよ……日向。
「……ん………っ」
………朝だ……。
目が覚めて隣をみるが。
やっぱり日向はいなくて。
昨日の出来事をだんだんと思い出してきた。
パジャマから着替えて、冷蔵庫から牛乳を出した。
「………っぷは。……今日も帰ってこないのかなぁ」
なんて一人で呟いてみたり。
………まだ、事務所からだしてもらえないよね。
中津さん怒ってそうだし。
少し気を落として、時計を見る。
………七時。
今日は学校行こうかな。
昨日、休んじゃったし。
そう思って、あくびをしながら、洗面所に顔を洗いにいった。
〜♪♪♪
「……電話?」
洗面所から戻ってくると、携帯から電話用の着信音が鳴り響いていて、急いで電話にでた。
「……もしもし」
『もしもし、奈央ちゃん!?』
「南さん?」
電話をかけてきたのはなにか少し焦り気味の南さんだった。
『そう、今家?』
「はい、そうですけど……」
『テレビ付けてみて!!』
「へ?」
『早くっ』
意味が分からず南さんにせかされて、リビングへ行ってテレビをつける。
カチッという音と共に、ニュース番組で会見を開いてる女の人が映っている。
「………夏紀さん?」
どういうこと?
携帯を握りしめたまま下に下ろして、テレビに見入った。
南さんとの通話は、たぶん繋がったまま。
テレビ画面右上のテロップには。
『あの人気女優夏紀が、人気俳優藍川日向との熱愛報道……真実を語る』と書いてある。
まさに今、会見が始まる直前だった。
………夏紀さん、何を言うつもりなんだろう……。
テレビでのイメージ通り、清楚な花柄のワンピースを着ている夏紀さんに、記者の人がインタビューを始めた。
「夏紀さん! 俳優の藍川日向さんとは、お付き合いされてるんですか!?」
「交際はしていません」
その質問に、笑顔でニコッと言う夏紀さん。
「交際は……ということは、あの写真は事実ということで受け止めてよろしいんでしょうか?」
「えぇ」
おぉっという声が、たくさんいる記者から聞こえてくる。
夏紀さん……やっぱりまだ日向のことあきらめてくれないんだ……。
あたしは渋い顔して、そのままテレビ画面をみつめる。
すると、また口を開いた夏紀さんは……意外な言葉を口にした。
「事実ですよ?藍川さんのマネージャーさんに車で送ってもらったんです」
………え?
あたしと同じように拍子抜けした記者たちが、ざわめき始める。
「それは、どういう………」
「あの日は、今放送している藍川さんとのドラマの最終収録日だったんですよ。でも、あたしのマネージャーが用事でどうしても送り迎えできなくて」
………?
あたしの頭の中はハテナでいっぱい。
「だから、藍川さんのマネージャーさんに送ってもらったんです。藍川さんのマンションの通り道だったんで」
「それで、どうして藍川さんが、夏紀さんのマンションに?」
「あたしのマンション、駐車場からマンションの入り口まで遠いんです。もう遅い時間だったので、藍川さんが心配してくれて、マンションの入り口まで送ってくださって。本当、気遣いができて素敵な方ですよね」
「でも、あの写真はマンションに入ろうとしてたじゃないですか?」
記者の人もなかなか食い下がらず、鋭い質問をする。
「でも、入る前でしたよね?たぶん、あの写真を撮られてからすぐに、あそこで藍川さんとお別れしたはずです」
「じゃあ、藍川さんとの熱愛関係っていうのは?」
そう言ったのは別の記者。
「それはないですね。キッパリ否定です。藍川さんは、優しくて素敵な人なんで、あたしなんて全然釣り合わないですよ」
そう苦笑して言った夏紀さんは。
「藍川さんには、あたしみたいな人より、真っ直ぐでバカみたいに一生懸命な子のほうが似合いますよ」
屈託のない笑顔で最後にそう言った。
なんだか、それはあたしへの言葉のような気がした。
その話題は、ニュースキャスターの。
「あの報道は、ただの誤報だったということですね。藍川さんの紳士的な部分も改めて分かったっところで、これからもお2人の芸能活動を応援していきましょう」
という言葉で、終わりを告げた。
『………奈央ちゃん?』
握りしめていた携帯から、南さんの呼ぶ声が聞こえた。
「……これって、どういう意味?」
いまいち、テレビでの出来事が整理できないあたしは、南さんに問いかけた。
『……昨日、夏紀と何があったの?』
そう聞かれて、あたしが昨日の夏紀さんとのやりとりを告げると。
『そっか。奈央ちゃんの想いがちゃんと夏紀に伝わったんだよ』
と言う南さん。
「……あたし、日向の役にたてたかな?」
『それは、日向に聞いてみないとね♪』
まるで答えを分かってるかのように、南さんはそう言った。