「………ざけないで……」
「?」
「………ふざけないでよ!!」
「……っ!!」
必死に涙をこらえながらも立ち上がったあたしに、夏紀さんは一瞬びくっと肩を跳ねらせた。
「夏紀さんにあたしと日向のなにがわかるの!?」
大声で怒鳴ったあたしに負けじと夏紀さんも話し始める。
「そんなの知らないわよ!! あたしはねぇ、あなたみたいな苦労も知らない一般人と、苦労して必死に頑張ってきた日向くんとじゃ釣り合わないっつってんの!!」
「確かにあたしは、まだまだ子供かもしれないけど………あたしなりに苦労だってしてきたし……」
「その考えが甘いっつってんの!! あたしにはわからない。なんで日向くんがあなたを選んだのかっ……」
立ち上がった夏紀さんは、顔を歪める。
「……………」
「………あたしだったら、奈央ちゃんより日向くんを幸せにできたのに……。あたしのものになったら……日向くんだって」
「あなたには日向を幸せにはできない」
「‥‥‥っ!」
強く、そう言い放って夏紀さんを見ると眉間にしわを寄せながら、息を荒くしている。
「……夏紀さんみたいに、日向を"もの"だと思ってる人には幸せになんてできないよ……
「………!?」
今まで必死にこらえてた涙が、一気に溢れてきて……。
「………日向は……ものじゃないよ……ッ」
日向はものじゃないの………。
だから………夏紀さん……。
「もう、日向を言いなりにさせて操るのなんて……やめて?もう、日向を騙して利用するのなんて………やめてよ……っ」
「……………」
少し息づかいが落ち着くと、夏紀さんはあたしから目を逸らしてうつむいた。
「確かに……たしは、夏紀さんの言うとおりただの一般人で。日向はテレビにも雑誌にも出てる芸能人………あたしより、ずっと立派な人」
そう、テレビに出てる日向を見て。
近いのに遠い存在……。
そんな気持ちを抱くのは、しょっちゅうだった。
それでも、あたしは日向の言ってくれた言葉があったから耐えてこれたの。
テレビの向こうにいる芸能人の日向を見ても、あなたが言ってくれたから………。
「……俺は何かあった時。芸能人をやめてでも、奈央のそばにいる。なにがあっても奈央を守りたいって思う。俺の一番近くにいるのは、奈央だけでいい」
だから……。
「だから……」
「ずっと守るから、結婚してください……」
………日向が顔を少し赤くしながら言った、プロポーズの言葉。
………あたしを支えてくれた言葉。
「あなたたち………結婚、してたの……?」
ずっとあたしと日向が付き合ってるだけだと思ってた夏紀さんは、目を見開いてその場に座り込んだ。
「プロポーズの時に日向がそう言ってくれたんです。だから、あたしは日向のその言葉を信じて、頑張ってこれた」
「……そんなの………」
「夏紀さんの気持ち……すごい分かります。日向は、誰にでも優しいし。たまに子供っぽくて、でもその笑顔に癒されて。とっても素敵な人です………」
「……………」
「だから、そういう人柄だからみんなから愛されて………」
「……………」
「自分だけの日向でいてほしいって………夏紀さんもそうなんですよね?」
「……………っ」
あたしが穏やかにそう言うと、夏紀さんは、静かにどこか一点を見つめたまま涙を流した。
「でも、日向はものじゃないんです………」
自分でそう言うと、なぜたかまた涙がでてくる。
「……面と向かって日向にアタックするなら、あたし戦います………ライバルとして、勝負します……っ」
「………っう……ひぐ…っ」
「だからっ……もう卑怯な手使って、日向を苦しめないでください……っ」
そう言ったあたしは、今にもへたり込んでしまいそうな震える足を一生懸命踏ん張って、立ち続けた。
「………お願いしますっ……」
しばらくして、あたしは立ち尽くしたまま。夏紀さんが泣きやむのを待った。
ドラマでみる夏紀さんの泣く演技とは違う。
本当の涙。
時間は夏紀さんちに来て二時間も経っていて……。
「………ばっかみたい……」
「……………」
ようやく泣きやんだ夏紀さんは、すっかり化粧の崩れた顔をあげて、あたしにそう言った。
「………あんたたちが結婚してるのなんて、予想外だったわ……」
「……………」
その表情は悲しげで。
「あんたも高校生のわりに、けっこう言うのね」
「……ご、ごめんなさい……」
確かに、ついつい興奮して言っちゃったけど。
一応年上の相手なんだから、もう少し言い方考えたほうが良かったかも……。
「でも、あなたの言うとおりだったわ………」
小さな声でつぶやいた夏紀さん。
「………え?」
「なんでもない。あたし、忙しいの……。悪いけど、もう帰ってもらえる?」
結局、最後に呟いた言葉はわからないままあたしは、夏紀さんの家をでた。
「おじゃましました……」
と頭を下げると、ドアはパタンと閉まる。
夏紀さんの、曲がってしまった日向への愛。
あたしの言葉で、ちょっとは真っ直ぐな愛になってもらえたかな?
帰ろうと電車に乗って、家までの帰り道。
窓から映る都会のネオンや、光が、なにか物悲しくて。
今日は、日向が帰ってこれないことを思い出して、また胸がギュッとなった。
色んな愛のカタチがあるけれど……あたしは真っ直ぐにあなたを愛しています。
だから、早く帰ってきてよ……。
会いたいよ……日向。
「……ん………っ」
………朝だ……。
目が覚めて隣をみるが。
やっぱり日向はいなくて。
昨日の出来事をだんだんと思い出してきた。
パジャマから着替えて、冷蔵庫から牛乳を出した。
「………っぷは。……今日も帰ってこないのかなぁ」
なんて一人で呟いてみたり。
………まだ、事務所からだしてもらえないよね。
中津さん怒ってそうだし。
少し気を落として、時計を見る。
………七時。
今日は学校行こうかな。
昨日、休んじゃったし。
そう思って、あくびをしながら、洗面所に顔を洗いにいった。
〜♪♪♪
「……電話?」
洗面所から戻ってくると、携帯から電話用の着信音が鳴り響いていて、急いで電話にでた。
「……もしもし」
『もしもし、奈央ちゃん!?』
「南さん?」
電話をかけてきたのはなにか少し焦り気味の南さんだった。
『そう、今家?』
「はい、そうですけど……」
『テレビ付けてみて!!』
「へ?」
『早くっ』
意味が分からず南さんにせかされて、リビングへ行ってテレビをつける。
カチッという音と共に、ニュース番組で会見を開いてる女の人が映っている。
「………夏紀さん?」
どういうこと?
携帯を握りしめたまま下に下ろして、テレビに見入った。
南さんとの通話は、たぶん繋がったまま。
テレビ画面右上のテロップには。
『あの人気女優夏紀が、人気俳優藍川日向との熱愛報道……真実を語る』と書いてある。
まさに今、会見が始まる直前だった。
………夏紀さん、何を言うつもりなんだろう……。
テレビでのイメージ通り、清楚な花柄のワンピースを着ている夏紀さんに、記者の人がインタビューを始めた。
「夏紀さん! 俳優の藍川日向さんとは、お付き合いされてるんですか!?」
「交際はしていません」
その質問に、笑顔でニコッと言う夏紀さん。
「交際は……ということは、あの写真は事実ということで受け止めてよろしいんでしょうか?」
「えぇ」
おぉっという声が、たくさんいる記者から聞こえてくる。
夏紀さん……やっぱりまだ日向のことあきらめてくれないんだ……。
あたしは渋い顔して、そのままテレビ画面をみつめる。
すると、また口を開いた夏紀さんは……意外な言葉を口にした。
「事実ですよ?藍川さんのマネージャーさんに車で送ってもらったんです」
………え?
あたしと同じように拍子抜けした記者たちが、ざわめき始める。