泣いたせいで、のどがカラカラになってしまった。

水を飲もうと二階から下りると、お父さんが、リビングでテレビをみていた。

いつも楽しみに見ている、レース番組だった。相変わらず、近所迷惑になりそうな音量で、エンジンの迫力を、誇張している。

気づかれていないと思って、キッチンでコップを手に取ったときだった。


「八子の宿題が終わったら、ひさしぶりに海行くかー」


テレビに視線をあずけたまま、お父さんがそう言った。

すこしおどろいたあと、おだやかな川のように、あたたかいものがゆっくりと、心に流れ込む。

水を、口にふくむ。
しょっぱい、海の味がした。


「・・・お父さん、それ、見終わったら、ちゃんと音量下げてよね」

「え?」

「いっつも朝、大音量でニュース流れて、ビックリするんだから」


ふりかえったお父さんが、怒られた子どもみたいな顔をするから、思わず笑ってしまった。


かわいた、くちびるをなめる。

しょっぱい。やっぱり、海の味。

いいな、海。行こう、海。わたしを逃がしてくれる、空想の深海は、もうないけれど。


しょっぱくて、にごっていて、つめたくて、目をあけられないような、ホンモノの海に、肌をひたそう。