すると二人はキョトンとしながら、『いらない』と口を揃えていった。


『いらないって………』

『別に返してもらいたくて払った訳じゃないしなぁ―』


な?桜姫と男が問いかければ女は頷く。


『これだけ返してくれればいい』


(これだけって………)


入院費と比べたらはした金のようなもので。


『…………あんた達、誰にでもそんな親切なわけ?』


親切なことを悪いとは言わない。
しかし、これは親切すぎる。
だってそうだろう?
俺達はお互い知らない。


『そんなわけないだろ?』


何言ってるんだこいつ、みたいな目で言われた。
ムカつくな。


『じゃあなんなんだよ』


ムッとしながら言えば、男は女を見る。


『え……あたしが言うわけ?』

『当たり前』


俺のボスだろ?と男は笑う。





『こんなときだけ………』


面倒そうに、女は、頭を掻きながら溜め息を一つ。
そして俺に向けた目に息を呑む。


何もかも見透かれそうな瞳だった。


『…………居場所、探してたんだろ?』

『…………、』

『制服からして、分かる。別に強制とかじゃない』


気が向いたとき、居場所が欲しいときにくればいい。


『ま、来たら日が悪かったら喧嘩してるけどな』

『…………和』


ギロリと睨む女に男が舌を出す。


(――――居場所。)


俺は、居場所が欲しかったのか?
ただ、苛々して親とも上手くいかなくて……………――――あぁ。


そうだ。確かに。


俺は、居場所を探していたんだ。


『………あんた達、名前は?』


自然にそう、言葉を紡いでいた。





ニヤリと男が口端を上げる。


『俺は、和―――んで』

『椿、だ』

『だけど、椿とは呼ぶなよ』


和は俺の肩を掴むと、耳元に顔を寄せた。


『?何故だ?』

『椿は、俺たちの要だからな』


呼ぶときは『桜姫。』だ。


通り名のようなものだと考えればいいのだろうか。


(ま、何でもいいか)


俺にはさしたる重要性を感じないから。


俺は、和に頷いて見せると、和はよし、と離れる。


『つーことで、よろしくな』

『あぁ………こちらこそ』


よろしく、と桜姫に目を向ければ、バチッと瞳が合う。
吸い込まれそうな漆黒に、俺は、魅せられそうになる。


『で?肝心なお前の名前は?』


言われて、そう言えば自己紹介してなかったなと苦笑した。


『俺は、………司だ』






ずっと和と桜姫と一緒にいた。


"皇蘭"はチーム名だと知ったのもこのときであまりにも少人数に爆笑したのを覚えている。


それから、時々喧嘩しながら、俺みたいな奴を見つけると仲間に引き込んで。
でかい"皇蘭"になった。


そこそこ有名だったし、桜姫と和のコンビは不動だった。








はずだった。


『………ず、和!』

『……あ?どうした?』


何時からだろう。
和から飄々とした笑顔が消えた。


代わりに物思いに耽るようになった。


『どうした?って元気ねぇな?』


首を傾け、様子を窺う俺に、何だ何だ?と数人集まってくる。


『どうした和さん』

『腹でも減ったのか?』

『酒か?』


口々に様子を窺う俺達に和は苦笑する。





『なんでもねーよ』


乾いた笑みを浮かべる和に、俺は不安を覚えた。


『そうか?』

『あぁ………そうだ、お前ら』

『?』

『桜姫のこと、好きか?』



和に聞かれて、キョトンとした俺たちは顔を見合わせ、強く頷く。


『『勿論!!』』


大事な俺達の総長だし!!


『………だよな』

『…………』


和がそんなことを言うなんて不思議だと思ったんだ。


(深刻な顔して………何を考えている?)

俺は、ジッと和を見つめた。
嫌な予感が、する。


毎日喧嘩して馬鹿やって、笑って。
そんな日々が、崩れてしまうような。



嫌な、予感。




その日から俺は、和、と言うよりも桜姫の近くにいるように努めた。


根拠なんかない。
本能が桜姫の側にいろという。





『桜姫』

『ん………?』


桜姫は、いつも座っているソファーに座りながらぼんやりとしていた。
名前を呼べば、ゆっくりとした動作で俺の方を向く。


『どうした?』

『なんか、元気ないな』


そう言えば、桜姫はそんなことないと小さく笑う。
その笑みが余りにも消え入りそうで、俺は、無意識に叫んでいた。


『俺は、ずっと桜姫の側にいる!』


例え、皇蘭がなくなっても、桜姫が結婚しても、ずっと、ずっと死ぬまで!


『………いきなり、どうしたんだ?』


桜姫は、一瞬目を見開くと苦笑する。
何となく、恥ずかしさを覚えた。


『………何となく。言いたかった』

『なんだそれ?』


クスクス笑う桜姫に、体が熱くなる。
すると、ドタドタ足音が聞こえたかと思えば、背中に衝撃が走る。





『待てよ!馬鹿司っ』

『ぅぐ?!』


背後からの奇襲に俺は身構える暇もなく、見事に前に吹っ飛ぶ。
べしっと地面に叩きつけられ、苛っとくる。


『…………てぇな』


そのままの体制で体だけを動かせば、俺を見下すように三人仁王立ちで立っている。


『智詩、潤、雅紀………てめぇら…』



ギロリと睨むが、三人はどこ吹く風で、



『ハッお前が変なこと言ってるからだろ!』

『桜姫と一緒にいるのは俺達だ!』

『お前はすっこんでろ!』



口々に言いたいことを言う三人に俺は、青筋を立てた。


『てめぇら………一応、俺は、先輩だぞ………?』

『『『知らねー』』』


ハッと三つ子のように同じ反応をする三人に殺意が芽生える。





『…………フフッ』


しかし、そんな殺意も小さな笑い声で霧散する。


『桜姫?』

『あぁ、すまない……しかし、お前達のレベルの低さに、な』


クスクス笑う桜姫に、俺は失礼なことを言われたにも関わらず嬉しく思う。
滅多に笑わない桜姫の貴重な笑顔だ。


『何言ってるんだよっ重要だぞ?!』

『司は桜姫を独り占めしようとしていたんだ!!』

『変態だっ』


『………おい』


立ち上がり、軽く埃を叩いてから俺は、三人を睨む。


『何だよ、四人して………そんなにあたしが好きか?』


冗談めいたニヤリとした笑みに、ドクリと心臓が高鳴る。
時々見せるこの笑みは妖艶だ。


『当たり前だろっ』

『大好きだ!!』

『ずっとなっ』



三人は、子どものように、笑う。





『だからずっと一緒だ!』




『……………そうか。』


刹那、楽しそうな笑みが寂しそうな笑みに変わるのを確かに見た。それは一瞬のことですぐに掻き消えてしまった。


『お前達は一生あたしの側にいるのか?』

『桜姫が嫌と言ってもな!』

『桜姫の側にいるぞ』

『死ぬまでな』


胸を張って主張する三人に呆れる。
桜姫の目が三人から俺に、向けられて、首を傾ける。


『司は?』

『勿論』


言い出しっぺが嘘をつくわけないだろ?


『……………そうか。』


それも、いいかもなと桜姫は苦笑した。
















そして、その1ヶ月後。




桜姫は、俺達の前から消えた。




桜姫は、死んだ。