その日の夜遅く、翔は隣の撮影部屋に帰って来た。

夜中に翔が私の部屋の窓を何度もノックしたけど、私はお布団を被って出ることはなかった。

そして、翔の撮影は終わった。

翌日には撮影機材も撤収され、もとの静かなマンションに戻った。

まるでこの1週間のことがなかったことみたいに。


「ハンカチ、返しそびれちゃった……」


翔のハンカチを手にしていると、なぜか涙がこぼれて来た。


胸が痛い。


私……

私……

いつの間にか、翔のこと、好きになってたんだ。


たった、1週間の短い出会いの中で落ちてしまう恋もあったんだ。


思わず、ハンカチで目を押さえてはっとする。

「いけない。返さなきゃいけないのに……」

そう考えて、ふと苦笑い。

返すって、どうやって?

もう会うことも……会えることもない人なのに……


その時、「綾乃さん」と言う声と、窓を打つ音に顔を上げた。