椅子から立ち上がり掛けた私と翔の目が合う。

翔が急いでスタンドマイクに手を伸ばし、大きな声で叫ぶ。

「待って!」

翔の声に、会場が水を打ったように静まり返る。

翔がはっとした顔をして、会場を見回し、頭を掻く。

「あ……、今日は来てくれたんだね、ありがとう。強引に呼んでしまって、ごめん」

会場がどっと沸く。

「強引でもいいわ!!」

会場のファンからの声援に、翔が微笑みで返す。

口笛を鳴らし、沸く会場のファンに両手で制しながら、翔がマイクに向かう。

「とにかく、座ってもらえるかな」

翔に言われて、私も座る。

翔は舞台中央で椅子に腰を下ろすと、指を組んだ。

しかも、下をうつむいたまま、何も話さない。

さすがに会場がざわめき出す。

舞台袖からは、翔の他のメンバー達が固唾を飲んで、事の成り行きを見つめている。


「俺は……」

そう言った切り、翔は言葉を飲む。

「「翔ォォォォ!!がんばってぇ~!!」」

ファンの声に押されるように翔が口を開く。

「俺は……実は孤児で、親の名前も……顔すら知りません」

会場がざわめく。

「俺が本当はどういう名前だったのかも知りません」

翔……
そんなこと、初めて聞いた。
私は座りながら、全身が震えていた。

「普通の家庭の温もりとか、家族とか知らずに育って……。でも……そのことを淋しいと思ったことも、辛いと思ったこともなかった」

翔の声が震える。

時折、詰まる声に翔が泣いているような気がして、彼から目が離せなくなっていた。