「あんなことをされる前にお前も少しは拒めよ!」
永田が呆れたと言うように言った。
(いや、拒んだんですけどサラリと交わされました)
そう言いたかったが、後が怖いと予想したので口を閉じて黙った。
「と言うか、何で…」
光は永田の様子に気づいた。
“心配した”と、彼の目がそう言っている。
不覚にも、光の心臓がドキッと鳴った。
(んっ?)
今の自分の様子を疑った。
何故、永田にドキッと心臓が鳴ったのだろう?
これがいわゆる、恋の始まりと言うヤツなのだろうか?
(違うって!)
光は否定をした。
何より、永田には好きな人がいる。
そんな彼を自分が好きになるなんてありえない。
でも、永田にドキッとときめいてしまったのは事実である。
もしかしたら、自分は永田のことを好きになってしまったのだろうか?
もしそうだとしたら、夢であって欲しい。
悪い夢を見ていると言うことで、早く目を覚まして欲しい。
しかし、これが現実だ。
これが事実である。
自分は永田に恋をしてしまった。
「帰るぞ」
パニック状態になっている光に、永田が言った。
「――えっ…」
声を発した光に、
「何だ、帰らないのか?」
永田が言った。
「いや、帰ります!」
光は慌ててベンチから立ちあがった。
永田もベンチから立ちあがると、スタスタとその場を去って行った。
光は彼の後を追うように、急いで行った。
ありえないはずなのに、好きになってしまった。
好きな人がいるのに、恋をしてしまった。
これから始まる片思いに、光は胸を痛めるのだった。
ルイの朝は早い。
日の光が差し込んできた瞬間に目を覚ますと、支度を始めた。
両親が海外へ赴任して、1人暮らしを始めてから早4年が経った。
その結果として、家事全般が得意になった。
食事の用意や掃除洗濯はお手のもの、うるさいセールスマンを追い返す方法も身についてしまった。
人間なれると何でもできるんだなと思った。
1人暮らしを始めた当初はさんざん過ぎて笑えないものだった。
料理をすれば爆発する。
掃除をすれば物を壊す。
それが今じゃ得意分野へと変わってしまった。
今日もルイは料理人並みの腕前で朝食と弁当を作った。
朝食を食べ終えると、くせっ毛の髪を整えながら身だしなみを確認した。
スカート丈は膝より少し上だが、特に注意されないのでよし。
白いシャツには汚れはなし。
さて、行きましょう。
ルイはカバンを持つと、ローファーを履いた。
日曜日には必ず磨いているローファーは今日もピカピカである。
ルイはドアを開けた。
…その光景に、ルイは目を疑った。
「おはよう♪」
新品の制服に身を包んだ愛が、そこにいたからだ。
はて、何でだろう?
家を教えた記憶がないルイは、その光景に何も言えない。
愛はニコッと何ともかわいらしい笑顔を見せると、
「尾行して調べましたー!」
と、言った。
ああ、そう言えば最近誰かが尾行してきてるような気がしたなとルイは思った。
度が行き過ぎたファンの1人かと思ってシカトしていたのだが、それが愛だったとは…。
ああ、そう言えば愛もファンの1人だったなと同時に思った。
どちらにしろ、尾行はストーカーである。
ストーカーは犯罪だ。
…今はどうでもいいけど。
「ルイちゃん、早く学校に行こ?
遅刻しちゃうよ?」
愛に言われてハッと我に返ると、
「あ、そうだね」
ルイはドアを閉めると、愛と一緒に学校へ向かった。
やっぱり好きなんだと、改めて自覚した。
「何だ、食わないのか?」
フォークで光の分のフレンチトーストを指差す永田に、不覚にもドキッと心臓が鳴ってしまった。
そこにもドキッとしてしまうなんて、もはや重症だ。
「食べますよ!」
フレンチトーストを頬張った時、
「うっ…」
喉につまらせた。
「何やってんだよ」
苦しがる光に、永田は呆れながらオレンジジュースを差し出した。
光はそれを奪うようにとると、急いで飲んだ。
「はぁー」
胃に流し込んだのと同時に、光は大きく息を吐いた。
急いで食べるのは躰に悪いと言うことを改めて知った。
「ったく、お前はバカか」
呆れながら毒づいた永田に、半分はあんたのせいだと光は心の中で毒づいた。
口に出したら結果が見えるので、心の中だけである。
「おっと、もうこんな時間だ」
永田が椅子から立ちあがった。
(行かないで)
と、光は思った。
けどここで引き止めても、彼の思いが変わる訳がない。
彼は、自分と違う女の子に恋をしてる。
その女の子は全てに置いて完璧で、自分が勝てるところなんて1つもない。
「じゃ、後片づけよろしくな」
カバンを持つと、永田はリビングを去った。
バタンとドアが閉まった音がした瞬間、
「もーっ!」
光は情けない声を出してテーブルに突っ伏した。
恋はしたいと思ってた。
彼氏が欲しいと思ってた。
自分もそう言う年頃だから、憧れていたのは当然だった。
けど、その相手がまさかの永田だ。
好きな人に恋をしている永田である。
自分が入れる隙間なんて、どこにもない。
何で好きになった相手が永田なのだろう?
彼は先生だったはずなのに。
彼は顧問だったはずなのに。
同居人だった、はずなのに。
「――バカじゃないの、わたし…」
呟いた声はすぐに消えた。