「何だよ、鍵屋派かよ」
永田がふてくされたように言った。
「すみませんねえ、鍵屋派で」
皮肉混じりに返した後、光は空を見あげた。
大きな花を咲かせては、すぐに消えて行く花火。
反対なことを言ったのは、少しでもこの気持ちを忘れたかったからだ。
永田への片思いを消したかったからだ。
彼には好きな人がいるから。
好きな人がいるから、かなわない。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
叫び終わったら、この気持ちが消えていますように。
心の底から願いながら、光は何度も叫んだ。
花火があがる。
花を咲かせては、静かに消える。
蒲生と莉緒は何も言わず、黙って見つめていた。
一瞬一瞬を逃さないように。
莉緒の体温を腕に感じながら、ただ見つめていた。
いつまでも、この時間が続けばいいのに。
そっと莉緒の方に視線を動かすと、彼女と目があった。
それも、至近距離で。
「莉緒」
莉緒にしか聞こえない声で、名前を呼んだ。
彼女に向かって手を伸ばすと、頬に触れた。
柔らかい。
莉緒がそっと目を閉じる。
蒲生は、ゆっくりと顔を近づけた。
唇が重なったその瞬間、周りの音が消えたような気がした。
蒲生は目を閉じて、莉緒の唇の温かさを感じた。
花火大会が終わった帰り道。
「結局きませんでしたね、蒲生先生」
「いや、きてるかも知れないぞ。
何せ人が多かったからな。
簡単には見つからまい」
「だといいですけど」
永田とそんなことを話しながら一緒の家へ帰る。
夏は後少しで終わりを迎える。
光は少しだけ、永田との距離をあけた。
2学期が始まった…が、残暑はひどい。
せめて残暑が終わるまで夏休みだったらいいのにと、蒲生は思った。
しかし、ただの教師である自分にそんなことは言えない。
「もうすぐ体育祭ですね」
寒いくらいに冷房がよく利いている職員室で、永田がそんなことを言った。
そう言えばそうだったなと蒲生は思い出した。
この学校は9月の終わりに体育祭がある。
2学期の一大イベントだ。
「蒲生先生、今年も走るんですよね?」
永田が笑いながら聞いてきた。
蒲生は競技の1つである長距離走で、生徒たちのペースメーカー役で走ることになっている。
元陸上部だから足腰には、まあまあ自信はある。
「今年も無事に迎えられるよう頑張りましょう、蒲生先生。
応援合戦で盛りあげましょう!」
永田がハイタッチを求めてきたので、蒲生はハイタッチをする。
「今年の応援合戦の盛りあげ役は俺たちなんですから。
生徒たちも楽しみにしていますよ」
ガハハと豪快に笑う永田に、蒲生は昨日莉緒と交わした会話を思い出した。
体育祭で走ることを言った自分に、
「大変な役目ですね」
莉緒はそう言って笑った。
「おはよう」
下駄箱で愛と出会ったのでルイはあいさつをした。
夏休みにどこかへ出かけたのだろう。
愛の肌が焼けていた。
「今日も暑いね〜」
教室に向かう廊下の中、愛が言った。
「ホント、暑い」
ルイは手で自分の顔をあおぎながら一緒になって言った。
「いつまで続くんだろうね?」
「さあ、わかんない」
ルイと愛はそんなことを言いあいながら教室へと向かった。
思うことは教師生徒関係なく一緒らしい。
1時間目の総合の時間は、体育祭の出場する種目を決めることだった。
「ルイちゃん、長距離走に出るなんて体力あるよね」
種目を決めた後、愛が言った。
「だって、みんなが楽な方に行っちゃってるじゃん。
玉入れとか、短距離走とか」
ルイは苦笑いをした。
「愛ちゃんだってその1人だし」
愛は玉入れに出場することが決まったのだ。
「でもそれでもすごいよ」
交わされたような気がするのは気のせいにしよう。
「はい、席につけー」
永田の一言で、クラスメイトたちは自分の席に座った。
「今から、応援合戦に出る人を決める。
出たい人は手をあげろー」
そのとたん、クラスがシーンと静まり返った。
全員、永田と目をあわせないようにうつむいた。
「何だ、誰もいないのか?」
そりゃそうだと、ルイは心の中で呟いた。
大事な放課後を練習の時間として参加しようなんて、誰も思わないだろう。
第一、応援合戦の監督は永田と蒲生だ。
何があったとしても断ると、うつむきながらルイは思った。
「雨野」
「は、はい」
永田に名前を呼ばれて、ルイは思わず席を立った。
「おお、雨野がやってくれるのか?」
何をと言葉が出かかったが、すぐに状況を振り返る。
(しまった!)
後悔しても時すでに遅し。
見事、永田に騙されてしまったのだ。
「と言う訳で、応援合戦は雨野が出ることに決まりましたー」
あちこちから拍手があがった。
ルイは永田に騙された自分を恨めしく思った。
その日の昼休み。
いつものように図書室を訪ねたルイは、落ち込んでいた。
「雨野さん、どうしたの?」
いつもとは違うオーラを放つルイに、加藤は愛に聞いた。