春休みが終わり、3年になると、ぼくと和尚はまた同じクラスになってしまった。
そして――、1年のときと同じように、ぼくらはまた出席番号の最後の2人となった。
最初に決められた席が前後なので、ぼくらは無視し合うわけにもいかなかった。
「和尚。おまえ、理系なの?」
ぼくが選んだこのクラスは、ほとんどが男子の理系だった。
「おれは、むしろ多様なことが出来た方がいいんだよ。文系も理系もない」
アメリカの大学は、文系だの理系だのどっちかが出来ればいい、そして勉強だけが出来ればいいというものではないらしい。
そういうわけで、和尚は大学で経済学を学ぼうとしていたが、理系クラスにいて、バスケだの障害者ボランティアだのにも興じていた。