「あ、ちょっと待って」


そういえば、一番言いたいことがまだ言えてない。


「今度はなに?」


「手錠、外して」


「なんで?」


「恥ずかしい」


歯がちらりと覗き、爽やかな笑顔が返ってきた。

「いいじゃん、今更。姫野さん探偵とか好きなんでしょ?こんな経験二度と出来ないよ。嬉しくないの?」


こ、こいつ…!

なんで私が探偵好きだってことを知ってんだ!
ごく親しい友人にしか話してないのに。

誇るべき趣味も、江坂奏の口から聞くと何故か屈辱を感じる。


「う・れ・し・く・な・い」


「そうなの?なーんだ、残念」


気の抜けた声音と共に脱力する。


絶対面白がってる。

そもそも探偵と手錠はあんまり関係ないだろ!

手錠と言ったら大抵警察を想像するでしょうよ。


「はやく外してよ」

声が尖っているのを自分で感じながら、急かす。


さっきから上品なおば様たちがこちらを見てコソコソしていて、あまりいい気分じゃない。


「あ、鍵無いから無理」


「はぁ?」


「だから、今は持ってない。俺んちになら、あるけどね」


なんてこったい。

じゃあ、このままでいろと?


しばらくフリーズしていると、

「ほら、恥ずかしいんでしょ?なら、こんなとこで止まってたら注目されると思うけど」

凄く面倒くさそうな顔で言われた。


はいはい、そうですねー。
さっさと行きましょうねー。


怒りすらわかなくなってきた自分に驚く。

沸点超えると意外と冷静になれるもんだね。


「行くよ」


そう声を掛け、江坂奏はまた歩き出す。

今までの出来事でただ一つだけ確定した。
男子は苦手。

でもそれ以前に江坂奏は人間として苦手みたいだ。