蒸しかえるような熱気の漂う夜。
月も星も、ほんの僅かな光さえ見えない黒い背景をバックにしながら、俺はただひたすら走っていた。
ちくしょう。このままじゃ、追い付かれる!
街の灯りが消えて、皆寝静まっている時間。
あいにく、夜でも明るい都会と違い、ここはかなりの田舎。
人は滅多に通らない。
誰も俺が追いかけられていることは知らないだろう。
それをいいことに、最後の力を振り絞って、スピードをどんどん上げていく。
今奴らを撒ければ、隙が必ず出来る。
気配が遠ざかっていくのを背に感じながら、何処かも分からない細い路地裏に入り込んだ。
荒々しい息を無理矢理整え、軽く目を閉じた。
全神経を集めて、奴らの足音に耳を傾ける。
「おい、アイツは何処行った…?」
思ったよりも近くで聞こえた低い声に、反射的に息を止める。
「スミマセン!こっちの方に来たと思ったんですが……。
見失いました…」
チッ、と舌打ちした音が聞こえ、俺を見失ったであろう男が小さな悲鳴を上げた。
早く去れ、こっちに来るな!!
心の中で叫んだ。
「だからおれぁ田舎ってのは嫌いなんだ。何処へ行っても木がありゃあ、かくれんぼし放題だ。オマケに頼れる人脈も場所もねぇ。迷路みてぇなもんよ、なぁ?」
「は、はい…う゛っ」
人を蹴る鈍い音と唸り声が同時に聞こえた。
「ヘマしてんじゃねぇよ、さっさと探せ」
「ハイッ」
小さくなっていく足音と、ほぐれていく緊張と共に、俺は湿った空気を思い切り吸い込んだ。