生まれたときからあんな家に住み、他を知らずに生きてきた真裕にしてみれば、普通のホテルもこういう扱い。

普通っつーかここはそれでもだいぶ有名どころらしいけど…。


「これお風呂なの…? でもお湯がないよ」


「入れるの」


「ど、どうやって?」


「もういいからシャワーでも浴びろ」


「どうやって使うのー? これ」


結局お湯すらまともに出せなかった真裕をやっとの思いで風呂に入れ、ソファに戻ったときだった。

置いていた携帯が震えていることに気付いた。


「もしも…」


『楓!? 楓なのね!? あたしの息子の楓よね!?』


「……」


…忘れてた……。

ある意味一番めんどくさいこの人の存在を…。


『ちょっとちょっとあたしの知らないところでなんであたしの真裕ちゃんと婚約なんてしてるのよ? ほんっとうにあたしの息子の楓のことなのねえ!?』


…って……『あたしの真裕ちゃん』てなんだよおい。

いつの間にあいつお前のもんになったんだよ。


「あのな……それを全部説明しようと思うと四月に遡るわけで…」


『結論だけ言いなさい』


「……」