『空っていろんな表情があるよね』


 ガキの頃、わけもわからず聞き流した彼女のセリフが頭の中で響く。



 ――嗚呼。今の俺には、空の表情なんて一つしか見えないよ。



 もう、七年経った。それでもまだ、こうやって空に心を捕らわれてしまう日がある。そしてそんな日には仕事なんて手につかない。空を見上げているだけで、一日が終わってしまうのだから。


「…あ、もしもし……。はい。相澤です。相澤 優です」


 俺は携帯電話で会社に連絡を入れ、具合が悪いので休む旨を伝えた。

 もちろん仮病だ。だが、これもきっと心の病の一つだろう。 俺はそんなふうに一人で勝手に言い訳をしながら、自分の部屋に戻った。


 部屋に戻った俺はスーツをソファーに脱ぎ捨て、ワイシャツ姿になるとネクタイも緩めた。そしてクローゼットの扉に手を伸ばし、スケッチブックと五十色の色鉛筆を取り出す。

 俺はそれらを脇に抱え、部屋を出る。





さて……今日は、どんな空を描こうか……