その日、仕事に出掛けの俺が何気なく見上げた空は、まさしく夏の空だった。

 遙か遠くに見える、真白い巨塔のような入道雲。そしてその大きささえ忘れてしまいそうになるほど広大な濃い青が、吸い込まれそうな感覚を俺によこす。

 そんな空が、どこまでも広がっていた。


 俺はその広大な青空に、ため息を一つ吐く。


 何気なく空を見上げる…なんて、大人になった最近はめっきり減った。

 ガキの頃、特に中学生の終わりから高校二年の夏にかけては、毎日のように空を見上げてスケッチブックに鉛筆や筆を走らせていたのに。


「……あ」


 不意に、バタバタッと鳥の羽ばたく音が聞こえて、音の方を見れば一羽の鳩が青空に飛び立ったところだった。

 そんな光景に、俺が思わず声を上げたのには理由がある。


 青空、白雲。どこを目指しているのかわからない、一羽の鳥。


 似ているのだ。あの絵の構図に。いや……似ていると言うより、むしろあの絵そのものだ。

 あの孤独な一羽の鳩に仲間はいないのだろうか。家族や、共に飛び立つつがいの鳥はいないのだろうか。

 俺は、俺の視界からその鳩が消えるまで、ただ立ち尽くしてそんなことを考えていた。

 そして、その後に俺を襲った感情。


 寂しさ、と、憧れ。


 俺にも翼があれば、こんな孤独の中にいてもあの優しい空に包まれていられるのに。

 見上げるだけの空は、ただ、残酷にしか見えなかった。