「お前、またフラれたの?」





もうすぐ日をまたぎそうな時間、独身男の部屋でべろべろに酔っぱらった女が一人。





「いい加減、フラれたくらいでやけ酒すんなよ、いい大人なんだから」





あーあーあー、また床に寝そべろうとしてるよ。





「家まで送ってやるから、立て」












加藤典弘、23歳、フツーの会社員。

目の前でへたりこむのは、宮本奈々緒、同じく、23歳、OL。

今日は、半年付き合った年上彼氏に、浮気して捨てられたからって、浴びるようにお酒飲んできたらしい。





「おい、奈々緒、何一人でしゃべってんだ?早く、ほら」





ぐでぐでになってる奈々緒を引き上げるけど、どうも持ち上がらない。




こんなことは、今日に限ったことではなくて、いつもこうなのだ。

こいつがフラれると、俺の家に押しかけてくるのがもはやお決まりのパターン。









「おーい、寝るなよ」

「眠くないんだもん」

「だもん、て目閉じてんじゃねえか!こら!」





母親同士が高校の同級生で、2人とも地元で結婚したこともあって、生まれたときからよく一緒に過ごした、

だから、いい意味で言えば、気心知れた仲っていうか、まあ腐れ縁?





「奈々緒! 」




そう言ったが最後、奈々緒は派手に首をかくっとさせると、眠りの世界に落ちていった。





「またかよー、、、」




酒弱いくせにここまで飲んで、人んちで爆睡かますなんか、こいつくらいのもんだ。





俺は、気持ち良さそうな寝顔にため息をつき、おでこを軽くはたいてやった。





「ん、」





少し顔を歪めたけど、起きる気配のまったくない奈々緒を担いで、ベッドまで運んだ。


























奈々緒に譲った寝室を静かにあとにして、ソファーに寝転んだ。




小さい頃の奈々緒は、泣き虫で寂しがりやの甘えたやつだった。

だから、同い年ではあったけど、いつも俺が兄貴役をしていた。

何をするにも俺の後を着いてくる奈々緒を、ときには年上のやつらから庇ったり、けがをしたときにはおぶってやったり、尽くしっぱなしだった。





そのせいか中学生ともなると、生意気なお嬢様になってしまった。

そのくせ、恋をしやすい奈々緒は、彼氏にわがままが言えなくて別れてしまうと、そのたびに「あんたが甘やかすからだ!」とかなんとかいって、文句を言っては俺に八つ当たり。


奈々緒自身の惚れやすい性格に加えて、俺が言うのもなんだけど、奈々緒は小柄で色白で人より少し可愛いのだ。

だから小さい頃からモテた。

同じ学校に通っていた中学までは、兄貴役の俺としては変な男に捕まるのだけは阻止したかったから、いろいろと気を揉んだりした。

まあおかげで、シスコん野郎とか言われてたけど。

お互い別の高校に通い始めると、当然今までのようにはいかないわけで、フラれては泣きつかれる、といった今のパターンがすでにできあがっていた。




そんなある高2の夏の日、尋常じゃなく思い詰めた奈々緒が俺のところにやってきたことがあった。





「のり、もう、やだ・・・」





泣き腫らした目で力尽きたように座りこんだ奈々緒の姿は、今でも忘れられない。





「ちょ、何された?」




とっさに肩を掴むと、青ざめた奈々緒が
小さな声でこう言った。




「 、子どもができた、って」





また目に涙を浮かべる奈々緒と、発せられた言葉に、俺の中の怒りは一気に最高潮。



当時付き合ってたやつは、俺も知ってる中学のときの連れだった。

告白されたって聞いたとき、あいつなら大丈夫だって、俺も安心して奈々緒を任せられた。



それなのに、子どもができただと?



そのときの俺の取り乱しようは、ひどかっただろう。




「お前はここでじっとしとけよ?」





俺はそれだけ言うと、自分の部屋に奈々緒一人をおいて、家を飛び出した。

もちろんそいつのとこに行くために。




チャリをかっ飛ばして向かったそいつんちに乗り込むと、部屋の中で女と二人、重なりあっていた。



この期に及んで浮気か、?



そのときの俺には、他人のSEXが途中でもなんでも、そんなものは関係なかった。

なにがなんでもそいつを殺すぐらいしなけりゃ気が収まらないくらい。





悲鳴をあげて体を隠す女と、唖然とするそいつ。

またその姿に俺の怒りのボルテージがあがっていく。

ベッドから引きずり下ろしたそいつになぐりかかろうとしたとき、





「典弘!!!やめて!!!」





驚いた。

さっきまで憔悴しきっていた奈々緒の姿がそこにあったから。

涙でぐちゃぐちゃの顔の奈々緒が俺の振り上げた腕にしがみついてきた。





「奈々緒!そこまでしてなんでこいつなんか庇うんだよ!?」

「違うの!あたしじゃないの!!」





いやいや、とでも言うように首を横に振る奈々緒。





「は?何がちげーんだよ!?」





怒りの収まらない俺は、奈々緒を
振り切ってもう一度殴りかかった。


見事、そいつの左頬にクリーンヒットした俺の拳に、また裸の女が悲鳴をあげた。

当の本人は、みっともない姿で倒れこんでいる。





「のり、もう、いいんだってば・・っ、」

「なにがだよ、気がすまねえ!」





今度は俺に抱きついて、嗚咽をこらえながら泣きじゃくりはじめた奈々緒に、とうとう俺は手を止めた。





「ちがう、その・・・ヒトに赤ちゃんが、」





ここでやっと俺は察した。

奈々緒が妊娠したんじゃなくて、目の前にいる女が妊娠したんだって。





だけど、どう考えても納得がいかなかった。

付き合っていたのは奈々緒のはずで、他に女はいないはず。

それなのに、結果として浮気していたあげく、その女にガキができたから、別れてほしいだと?

ふざけるな。





俺は座りこんだ奈々緒の肩を抱いて立ち上がらせた。

一刻も早くこの場から奈々緒を解放してやりたかったから。




開きっぱなしのドアの向こうに奈々緒を先に出して、俺はもう一度振り返った。





「こんな男が父親なんて、ガキがかわいそうだな」














やつの部屋を出たところで目が覚めた。






昔のことを夢に見るなんて、めったになかった。

もちろん、あんな話を今になって夢に見たことがなかった。

目が覚めてみると、全身に変な汗かきまくりで、気分も悪かった。






とりあえずシャワーを浴びることにして、熱いお湯を頭からかぶる。





どうして今さらあんな夢を見たのか。

正直あのころはまだ子供で、一方的すぎたとは思っている。

だけど、悪いことをしたなんて思ったことはない。

今になって思うこととして、奈々緒はもちろん、まだ安定期にすら入っていないだろう小さいガキおかまいなしで、SEXなんかしていたあたり、命の重さが分かっていたとは思えないから。





むしゃくしゃする気持ちを熱いお湯で洗い流してから部屋へ。








「なに自分だけシャワー浴びてんのよ?」





キッチンからなべつかみが飛んできた。

我が物顔でフライパンを握っている奈々緒のしわざだ。





あのことがあってから、奈々緒は一時期ふさぎこんでいたことがあった。

それだけに、今またこうやって元気に彼氏にフラれたー!とか言って笑えるようになって、本当によかった。






「何よ、気持ち悪い、ニヤニヤしないでよ!」






それともう一つ、あれから俺のなかに明らかな変化があった。













奈々緒のことがたまらなく好きだということ。










「なに?俺のぶんも朝飯つくってくれてんの?」





幼なじみだという関係から抜け出したくない俺は、今までこの想いを隠してきた。

奈々緒のことを忘れようとしたこともあった。

それに、恋人だっていた。





でも、やっぱり俺が本気で欲しいのは、奈々緒自身でしかなくて、ずっと葛藤を繰り返している。





奈々緒は今でこそフラれたって引きずることはないけど、ほんとはまだ怖くて踏み込むことができないでいることも知っているし、潰れるまで酒を飲むのが強がりだっていうことも知っている。





だからこうして奈々緒が俺を頼ってくれることが嬉しい、けどもうそれだけじゃ物足りない。

奈々緒の心が欲しい。















「これ食ったら帰る?」

「ああ、うん、帰ろっかなあ、」






奈々緒お手製の味噌汁と飯を二人で食いながら他愛もない話をする。





「帰る、けどさあ、」





箸の先をくわえて、ねだるような目をした奈々緒。





こんな顔を無意識にやってるなんて、俺以外の男なら、完全に犯してるね。





「わーかってるよ、送りゃいいんだろ?」

「やった!大好きのりくん!」





全く、これだから可愛いんだよ。


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