心臓がドクンと高鳴る。

昔に戻ったみたいなんて……違う。
昔はこんな風に胸が騒ぐなんてこと無かった。

お兄ちゃんの私の頭を撫でる手もこんなに大きくなくて。
胸だってこんな風に広くなかったような気がする。

急に顔が熱くなる。

「ありがとう。お前が妹で良かった」

妹……。

お兄ちゃんの言葉に、熱が一気に引いて行く。

それから私はお兄ちゃんの数歩後を歩き、もう腕に手を掛けることはしなかった。

「私も……お兄ちゃんが、お兄ちゃんで良かった」

ウソをついた。

さっきまでの幸せな気分がしぼんでいく。

その時、霞んだ空から雨の滴が落ちて来た。
雨はやがて幾筋かの線になり、豪雨になった。

お兄ちゃんに手を引かれて、近くのコンビニに逃げ込んだ。

お兄ちゃんがタオルを買ってくれたので、それで顔や手を吹く。

でも、何だか体が寒くてゾクゾクする。

「傘、買ったから、少し止んだら駅に行こう」

お兄ちゃんが差し出す傘を手にしようとした時、頭がクラッとして、突然、目の前が真っ暗になった。

気付けばベッドに横になっていた。

「響、大丈夫か?」

心配そうなお兄ちゃんの顔が天井を見上げていた私の目の前に現れる。

「これ、薬。それから弁当。食べたら飲もうな」
「私……」

体を起こし掛けてクラクラした。
お兄ちゃんは私を支え、体をベッドに戻した。

「少し横になれ。母さん達にはお前が熱があるから明日帰るって電話入れといたから」
「熱?」
「39.5度。今日、お前起きてくるの遅かったし、もしかしたら、体調悪かった?」
「ちょびっと」
「ごめんな。それなのに、連れ出して」

私は首を横に振った。

頭はクラクラするけど、こんなに優しいお兄ちゃんのオンパレードなんて、本当に久し振りだから、熱があってもいいやって気になる。

「ところで、ここ、どこ?」
「ラブホ」
「ふーん……。ラブ、ホォォォォォ?!」

ぼーっとしていた頭が一気にクリアになる。

広いベッドが一つ。
頭の上にはいっぱい機械みたいなもの。
と、ティッシュBOX。

お兄ちゃんは「あっ!」と小さく叫ぶと、急いで手を伸ばし、その横にあった小さな箱をポケットの中に捻じ込んだ。