バンッ…!!
急に押さえ付けられていた圧力がなくなった。
そして目の前には…
「大丈夫!?ちーちゃん!」
あたしが呼んだ人…
「なんで…」
「やっぱり心配になってさ、嫌われるの覚悟で戻って来たんだよ。そしたら…」
そう言いいながら着ていた上着を脱ぎ、あたしにかける。
「ちーちゃんが俺を名前で呼んでくれたからビックリしちゃたよ」
「それは…!」
「…すっごい嬉しかった」
その人はにっこりと笑い、あたしの頭を優しくなでた。
「邪魔すんなよ…」
離れた所から低い声が聞こえた。
「黒沢と楽しんでるんだからさぁ!!」
「……」
「なぁ…?黒沢」
ゆっくりと近付いてくる。
殴ったからだろうか、先生の口には血が付いていた。
「ちーちゃん、ちょっと目つむってて」
そう言うやいなや、先生を殴り、蹴り、最後には地面に顔を思いきりぶつけた。
「や…止めてくれ!」
そう言っても、暴力は続けられる。
「止めて!」
あたしはとっさに叫んだ。
それでも続けようとしている。
「…結平!」
そう言うと、我に返ったように足を降ろした。
「…今度ちーちゃんになんかしたら俺、アンタに何するか分かんねぇから」
「……」
「覚えてといてよ、先生…いや、元教師さん」
そう言い残し、あたしたちはその場所を後にした。
あたしの肩に手が添えられ、ゆっくりと歩く。
見上げるとにっこりと笑う顔と、光輝く月が痛いほど眩しく見えた。
「結平、そこ整理しといて」
あたしはまだバイトを続けている。
かれこれバイトを始めて一ヵ月。
あんなことがあったせいか、前のようにバイトを辞めようとは思わなくなった。
「ちーちゃん!これ、ここでいいよねー?」
いつの間にか名前で呼び合う仲。
そんな初めての関係に、
少し感じる恥ずかしさやくすぐったい気持ちは、一ヵ月が経っても消えることはなかった。
「これ…」
バイトの帰り際、結平にある物を手渡した。
「何!?くれるの!?」
そう言って、まるで子供のようにはしゃぐ。
あたしはドキドキしながら、結平が開けるのを見つめた。
「ちーちゃん、これ…」
「ま…前好きだって言ってたでしょ!」
「……」
「嫌なら食べなくて…」
結平は箱に入っていた一つを取り出し、にっこり笑ってこう言う。
「ありがと」
その手には小さなウサギ型のリンゴが掴まれていた。
「ちゃんとオレの話聞いてたんだねー」
「聞こえたんです」
コンビニの前に座って話す。
結平は隣りでさっそく嬉しそうにリンゴを食べていた。
「でも、なんでくれるの?」
「お礼だよ。遅くなっちゃったけど…助けてくれたからさ、いろいろ…」
いろいろ…
それは先生のこと。
あえて言わない…
「最近はどう?大丈夫?」
「うん、おかげさまで」
「そっか…またなんかあったら言えよ」
そう言って、結平はあたしを優しくなでる。
あたしは乱れた髪を直しながら、おいしそうに食べる結平をそっと見つめた。
「あれ?黒沢さん?」
それから数日後のことだった。
いつものようにバイトをしていると、誰かが話しかけてきた。
「あー!やっぱり黒沢さんだぁ!」
うわ…
クラスの子だ…
「バイトしてるなんて知らなかったよ!」
めんどくさいけど、とりあえずここは…
「アハハ、なんか言いそびれちゃって」
…笑っておこう。
「じゃぁまた買いに来るね」
「うん、ありがと」
その場を乗り切り、笑顔を止める。
それを見逃さないのが結平だ。
「もしかしてちーちゃんって…優等生?」
「は?」
いきなりの質問に戸惑う。
「ニコニコ笑って誰にでも優しい感じ?」
「…悪い?」
「だからか!」
そう言って、勢いよく手を叩いた。
「だから作り笑いしてたんだ!」
「なっ…!」
「でも、そんなんじゃ疲れない?」
その質問が妙に胸に突き刺さる。
今まで一度も言われたことがなく、困惑する。
あたしはその質問に、答えることができなかった。
「また来ちゃった!」
数日後、またあの子が現われた。
「ありがとう。嬉しいよ」
と言いながら、心の中ではめんどくさそうにため息をつく。
「ちーちゃんのお友達?」
隣りから更にめんどくさい人が入ってきた。
あたしは何も言わずにその人を睨み付ける。
「君かわいいねー」
それに気付かず話を続ける。
いや、気付かないふりをしているのか。
「にしても、最近の子は発達が早いな~」
そのとき、この言葉を聞いてあたしの中の何かがプツリと切れた。