「ちーちゃん、ちーちゃん」
商品を整理していると話しかけてきた男…
アルバイトの先輩。
あたしの一番嫌いなタイプ。
『櫻井 結平』
「ねぇ、お話ししよ?」
女に慣れてる男は嫌い。
相手をする価値もない。
男はあたしの下にいなきゃいけない。
「ちーちゃん、おーい聞こえてる?」
「……」
「ちーちゃん、ちーちゃん!」
……
「ちー…」
「うるさい!」
…女に慣れてる男は嫌い…
自分のペースが乱されるから…
「なんだ、聞こえてるじゃん!」
にっこりと笑う顔を見て、あたしは大きくため息をついた。
「それ、止めてください」
「それ?」
「…ちーちゃんって呼ぶのです」
「なんで?チカだからちーちゃん!かわいいじゃん」
なんだこの男は…
全然会話が成立たない。
「だからちーちゃんも俺のこと『結平』って読んでいいよ」
だからって…
どうやったらそうなるわけ?
少し話しただけで動揺する。
やっぱりこの男…
…嫌いだ。
「ちーちゃん、俺のこと呼んでみて!」
「……」
「ちーちゃんってば!」
あたしのアルバイトの先輩は…
ムダにかっこよくて、
意味不明なバカで、
ルックス的にはあたしの相手としてピッタリなのに、
女に慣れてる嫌いなタイプ…
つまり…
「お客さんですよ、櫻井さん」
あたしはこの男は相手にしない。
「ちーちゃん、ちーちゃん」
「それ、止めてください」
会話はいつもこれで始まる。
バイトを初めてもうすぐ一週間。
あたしはもう少しでバイトを辞める。
「ちーちゃんって好きな食べ物何?」
相変わらず無駄な質問が多い。
本当にめんどくさい男。
「俺はね、ウサギ型のリンゴが好きなんだ!」
「ウサギ型って…」
いい大人してまったく…
「あ!今笑った!」
「……」
「ね!笑ったよね!」
少しスキを見せるとこれだ。
いつも以上になれなれしくなる。
そういうときは…
「お客さんですよ、櫻井さん」
これでめんどくさい会話終了。
この人の扱いにもだんだん慣れてきた。
だけど…
「ちーちゃん、笑った方が絶対かわいいのになぁ」
こんな予想外の言葉の対応はまだ慣れなくて、やっぱり『櫻井結平』は嫌いだと思う日々が続いていった。
「ちーちゃん、いつになったら名前で呼んでくれるの?」
「さぁ」
「俺の名前覚えてる?」
「さぁ」
あきれたように答える。
会う度にいつも同じことを聞いてくる。
あたしはこの人を相手にしないと決めた。
だからこの人を名前で呼ぶことは絶対にない。
『結平』だなんて呼ぶことは…
ゴト……
一つ大きなため息をついたとき、テーブルの上にいくつか商品が置かれた。
「ちーちゃんねぇ…」
精算していると客が小さく呟いた。
低い、どこか聞き覚えのある声で…
あたしはゆっくりその客の顔を覗いた。
「先…生…?」
間違ない、先生だ。
かなり雰囲気が変わったけど、間違なくなくこの人は…
…あたしがハメた男…
「久しぶりだな…黒沢」
ニヤリと不気味に笑う先生。
ガリガリに痩せ、ボロボロの服を着てあたしの前に立つ。
教師としての面影は全く感じられなくなっていた。
あたしはできるだけ早く精算をした。
この人、ヤバイ…
そう思った。
「…彼氏か?」
おつりを渡すときに小さな声で聞いてきた。
先生の目線の先には…
…櫻井結平。
「…ち、違いますよ!ただのアルバイトの先輩です」
「…そうか」
少し間が開いての返事。
疑いを持つ声。
ねたむ目付き。
「それじゃぁ、黒沢…」
…全てが怖い。
「…またな」
そう感じたのは勘違いではなかった。
「あの人これで何回目?」
次の日、また先生が現われた。
何分かおきに店に入っては、何も買わずに出て行く。
「ちーちゃん、あの人と知り合いなの?」
「…まぁ」
そう答えると、いかにも詳しく聞きたそうにジッと見てきた。
あたしはため息をついて口を開く。
「…先生です、もと」
「もと?ってことは今は違うってこと?」
「そうです」
めんどくさそうに答える。
その返事を聞くと、今度は何かを考え始めた。