「…飽きてきたとこだったし、ちょうどいいよ」
「そんな…!」
「あんただって、あたしのおかげでいろいろ勉強できたからよかったでしょ」
愛美の彼氏はずっと下を向いたままで、何も答えない。
「それじゃ、愛美のこと大切にしてあげてね。あとこのことは言わな…」
「イヤだ!!」
いきなり大きな声を出した。
静かな公園に響き渡る。
「イヤだよ!だって僕は黒沢さんと付き合うために、愛美に告白したんだよ!?」
「…いいから愛美を幸せにしてあげてよ。愛美、あんたをすごく好きなんだからさ」
「僕が好きなのは黒沢さんだよ!愛美なんか…好きじゃない!」
ガサ……
暗闇から物音が聞こえた。
数秒後、この場に最もいてはならない人物が現われた。
「愛美…?」
愛美が涙を流しながら、目の前に現われる。
「あの…これは…」
言い訳をしようとしても、上手い言葉が思い付かない。
「…今日二人共様子おかしくて、彼の後をつけてきたら…」
「……」
「ウソでしょ…?ねぇ…チカ!!」
そう言って、愛美があたしの肩を激しく揺すった。
「…ごめん」
謝ることしかできない…
「じゃぁ…今まで彼がしてくれたことは全部…全部チカが教えたことだっていうの?」
ゆっくり肩から手が離れる。
そして愛美とは思えない怖い顔で、あたしをにらんだ。
「…ドロボウネコ…」
その言葉が、あたしの胸を突き刺した。
あれから愛美と一度も話していない。
当たり前だ。
あんなことがあったのだから…
「あ…黒沢さんだ…」
それからみんなの態度も変わった。
たぶん愛美があたしのことを話したのだろう。
まるで汚いものでも見るかのように、避けられる。
「……」
何も言わず、無表情でみんなの視線の中を通り過ぎた。
別に辛くない。
あたしは元々一人だ。
普通の生活に戻っただけ。
…だから寂しくもない。
「あー痛い…」
トイレに入っていると、話し声が聞こえた。
あたしはあえて出ず、トイレの中にとどまる。
今出たら、まためんどうなことになると思ったのだ。
「どうしたの?」
「生理痛…今回キツくて」
「分かる分かる。薬あるからあげよっか?」
「うん、もらうー」
何気ない会話。
あたしはそれをドア越しに聞いた。
そしてふと考える。
「……」
あたし、この前いつなったっけ…?
話し声が聞こえなくなってから、ゆっくりとドアを開けた。
そして鏡の前に立つ。
鏡に自分の顔が映る。
「まさか…」
あたしは水を出して、顔を洗った。
「そんなわけない…だっていつもちゃんと避妊して…」
ハッとした。
一回だけあまり覚えていない夜がある。
結平がお母さんの結婚相手として紹介された次の日…
あたしは知らない男と寝た。
あの夜のことが思い出せない。
もしかしたら避妊してなかったかもしれない…
だとしたらあたし…
「妊娠…してる?」
学校の帰りに薬局へ向かった。
「どうしよう」という言葉が何度も繰り返される。
「……」
黙って妊娠検査薬の前に立つ。
ゆっくりと手を伸ばし、一つの箱を選んだ。
その時だった。
「…ちーちゃん?」
後ろから聞こえる、聞き覚えのある声。
振り向くと結平がいた。
「ちーちゃんも買い物?」
そう言ってのぞき込む。
あたしは手に持っているものを、サッと後ろに隠した。
でもその行動は意味がない。
目の前にたくさんの妊娠検査薬があるのだから。
「ちーちゃん、もしかして…」
「…勘違いしないでよ!と…友達から頼まれただけで…!」
「……」
「あたしは別に…」
結平があたしを見る。
ジッと見つめる。
「こっち見ないで…!」
あたしだけをずっと見る。
「…見ないでよ」
ふと涙が出た。
結平の瞳が…
あまりにも綺麗で強くて…
あたしの心を見透かすから…
それから結平と一緒に家に帰った。
結平が持つ袋の中には、妊娠検査薬が入っている。
結平とあたしの間には何も会話はなく、ただ無言で歩いて帰った。
「…はい」
家に帰ると、結平が妊娠検査薬をあたしに渡した。
お母さんは家にいない。
「使い方、分かる?」
優しく聞いてくる結平に、うなずいて答える。
あたしがそれ受け取ると、結平はリビングに向かった。
最後に結平の背中を見て、トイレの中に入った。