「そろそろ帰ろうか。」

私から切り出した。

「先に行って。
私ゆっくりしか歩けないから…」

野田は慣れている表情で言ったが、

「帰っても暇だし、別にいいよ。」

野田の歩く"スピード"は本当にゆっくりだ。

私は野田が可哀想というよりも、この"ゆっくりな世界"に新鮮さを感じた。

「へぇー」

私は思わず声に出した。

「どうしたの?」

「いや、今までこんなにゆっくり歩いた事なかったからさ、お前の世界ってこんなんなんだなって思って。
何か、"新鮮"って感じ?」

野田は驚いた顔をした。

「どした?」

「いや、今まで私の事、可哀想とか気のどく、とか言ってくれる人何人もいたけど、"私の世界"とかって言われたの初めてだから…」

私は歩くスピードよりもゆっくり言った。

「…さっきお前さ、"人の役に立ちたい"とか言ってたよな?」

野田は不思議そうにこっちを見てうなずいた。

私はわざと、野田とは目を合わさず、両手をズボンのポケットに突っ込み、少し大きな態度で続けた。

「オレの知り合いにもさ、人の役に立ちたいって言ってる奴がいるんだけど、こうしてる間にも地球のどこかでは殺人とか色んな犯罪が起きてるじゃん。
一人が頑張ったところで何も変わんねーよ。
それだったら毎日楽しく過ごした方がよくね?
やりたい事やった方がよくね?」

野田は立ち止まった。

"じゃんけん"が心配そうに野田を見上げている。

「だから私のやりたい事は人の役に立つ事なの!」

「何、それってもしかして"医者"とか?」

私は相変わらず野田の目を見ずに言った。

「…だったら悪い?
坂本君てホント、変わってる!
バイバイ!」

野田の精一杯の小さな声が、最大ボリュームのスピーカーのように聞こえた。

野田は私の前を歩いている。

私は左に曲がりわざと遠回りをして帰った。

野田は多分、泣いていた。

だけど、私は人して対等に自分の意見を言っただけだ。

何が悪い…