カモミール・ロマンス



次の日の勇気は浮かれっぱなし。

何も話さなくても何かあったことが分かるくらいに。

「ユキ気持ち悪い」

弁当を食べながらにやけっぱなしの勇気に直也が冷ややかに言った。

その言葉すら勇気の口角を下げることはできない様だ。

「何か良いことあったんでしょ?何があったの?」

翔の質問に、待ってましたとでも言わんばかりに顔を明るくする勇気。

「聞きたい?実は、昨日な……」







「凄い。遂に会えたんだねりんごの女の子に」

「へぇー、良かったじゃない。それで何処の学校の人だったの?」

さっきまでにっこにこしていた勇気の顔が、美咲の何気ない質問で固まる。

勇気は目を点にしていた。

「え、学校?分かんないや」

美咲の頬に汗が伝う。

そして美咲は恐る恐るその質問をするのであった。


「な、名前は……?」

笑顔のまま微動だにしなくなった勇気。

美咲は呆れるのを通りこして、開いた口がふさがらない。

「まさか、あんた。名前すら聞いてないとか言うんじゃないでしょうね?」





勇気の顔に滝の様な汗が流れる。

ロボットみたいに不自然に翔へと顔を向ける勇気。

「うわぁーん、翔ぉ」

翔に飛び付く勇気。

翔は笑いながら勇気の背中をぽんぽんと叩く。

美咲は手を額に当ててため息を吐いた。

「本当信じらんない。勇気あるくせに、変なとこ抜けてるんだから」

そう言った美咲の肩を直也がぽんと叩く。

「まぁ、良いじゃん今はまだ。そういうとこも勇気らしいよ」

勇気を見つめる直也の顔は何だかいつもよりも穏やかだった。

「ナオなんだか嬉しそうじゃない?」

美咲に言われた直也が驚いたように目を見開いた。

そして、何故か悲しげに笑うのだった。

「……うん、良かったな。って思ってさ」

「ナオ?」

そう言い残して直也は先に屋上から去っていった。


この時、様子の違う直也に美咲は言い知れぬ不安を感じていたのであった。










次の日


直也は初めて学校を休んだ――











「おはよー」

「はよーっす」

勇気と翔が教室に入ってきた。

ちらりと見た直也の席にまだカバンはない。

「翔、昨日メールしたんだろ?返ってきた?」

勇気はカバンを机に置きそのまま翔の席に移動する。

「んーん。いつもだったら返してくれる時間はまちまちだけど、その日の内には返してくれるのに、昨日はなかった」

途絶えた直也からの連絡。

担任に聞いても、連絡もなくて分からないとのことだった。

「おはよ翔、ユキ」

「美咲おはよ」

そこへ美咲がやってきた。

「ナオって学校休んだことあったっけ?」

「んー、どうだったかな。あたしら幼稚園からの付き合いだけど、ナオが休んだのって記憶にないな」

「僕もない」

翔と美咲が直也のことを思い出すのを勇気が羨ましそうに見つめていた。

「そっかぁ3人は幼稚園の頃から一緒なんだよな、すげぇ腐れ縁だな」

翔、美咲、直也は幼稚園から一緒だったが、勇気だけは違っていた。

「そういえばユキとはまだ3年くらいなんだよね」

「言われてみればそうだったわね。いっつも一緒にいるからユキともずっと一緒な気がしちゃってたわ」





チャイムが教室に響き、すぐ後に扉が開いた。

(ナオ――?じゃ、ないか)

入ってきたのは担任の川合だった。

出席の確認で一つだけ返事が無い。

「木村はまた休みか?連絡くらい入れてくれなきゃなぁ」

そう言いながら川合は木村の欄にペケを入れた。







昼になると急に空に雲がかかり、予報にはなかった雨が降り出した。

ポツポツと窓をうつ雨を見ながら勇気と翔は2人で弁当を食べている。


「翔、美咲は?」

翔の隣の席は空だった。

「今日は真央ちゃんと食べるって三組に行ったよ。ほら、美術部で賞とか沢山もらってた子」

「ん、ああ。大城さん?だったっけ」

購買で買ったパンはいつもよりも味気なくて、飲み込むのに時間がかかった。

「ナオどうしたんだろうな……」

「うん、心配だね」









その頃美咲は三組の教室にいた。

「うわ、相変わらず凄い量だね」

美咲の弁当を見て真央が驚きの声をあげた。

恐らく男性用なのだろう黒いシンプルな二段重ねの大きな弁当とクリームパン。

「相変わらず真央の弁当はちっちゃいねぇ、それ子供用でしょ?」

「あー、うん。小学校から使ってる」

真央の弁当は美咲とは反対に小さい。

可愛らしいキャラクターがちりばめられた弁当箱。

「それにしても美咲がこっち来るのって珍しいよね。何かあったの?いつもの人達と」

いつもの人達というのは勿論、勇気と翔と直也のこと。

美咲は灰色の雲から目を逸らす様に言う。

「雨降ってて屋上使えないし、久々に真央と食べたいな。って思っただけだよ」

「そっか。私も美咲と久々に食べれて嬉しい」


無邪気に笑う真央を見て、少しだけ胸が痛んだ美咲。

いつもよりゆっくりと時間が過ぎていく。




真央の弁当が半分に、美咲の弁当があとクリームパンだけになった頃。

とある女子学生が三組にやってきた。


「ねぇねぇ聞いた?二組の直也くんがさぁ」

内緒話にしては大きすぎる声が、少し離れた美咲の耳にも届いていた。

「昨日、すっごい美人なお姉さんと一緒に歩いてるところを見た子がいるんだって」

「えー、うそ。それってもしかして大人の彼女?」

「しかもタクシーから腕繋いで出てくるのも見ちゃったんだって」

学校を休んだはずの直也。

女子学生の噂が本当かどうかは分からない。

「美咲?」

「え……何でもないよ」

それでも心配を裏切られた様な気がして、美咲の胸中は穏やかではなかった。

「で、これは内緒の話なんだけど……」

「えっ、なになに?まだ何かあるの?」

「実はさ――」









「えっナオが大人の女と東通りに?」

美咲は真央との昼食も途中に二組に帰ってきた。

「東通りって危ない店とか、良くない噂も多いよね。そんなとこにナオは近づかないんじゃ」

「それに本当にナオだったかも分かんないんだろ?もしかしたらマジ彼女かもしれないんだし」

勇気と翔の言ってることが間違っていないことは美咲にも分かっていた。

それでも少し前の直也の態度を見て不安は募るばかりだった。

「なんか最近のナオ変だったのよ。1人でぼーっとしてて、なんかふって何処かに消えちゃいそうで」

美咲は泣きそうになっている自分に気付いて、小さな声で「ごめん」と言った。

「そんなに心配なら今日ナオの家に寄ってみようか?」


「そうだな。そうしよう。美咲も行くだろ?」

2人に言われて美咲は目をごしごしと擦る。

「うん」